道楽者の部屋
[トップページ]  [発言の削除]  [過去の発言] 


お名前
E-mail
URL
   *メールアドレスは入力しないでください(迷惑書き込み対策のためダミーで欄を設けてあります)
*[暗証番号]を入力しておくと、あとで発言の削除ができます。
*HTMLタグは使えません。半角カナは使わないでくださいね。
題名
本文

    暗証番号   署名内容を保存

「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/05/29(月) 01:19:17 [No 6003] URL

「蔵出し鉄道写真館」に、以下の3ページを追加しました。
・飯田線 (1973年3月)
・武蔵野線開業前後の新松戸 (1973年3月〜4月)
・東武鉄道 (1969年11月〜1973年6月)
おひまなときにご覧ください。


「東京 -昭和の記憶-」に「芝浦〜お台場」を追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/05/19(金) 00:28:38 [No 6002] URL

大変、大変お待たせをいたしました。
久しぶりに「東京 -昭和の記憶-」を更新しました。

1975年の芝浦、1989年のお台場海浜公園の様子です。
上の「URL」をクリックするとジャンプします。

まだまだネタはありますのでお待ちくださいませ。


NikkeiStyleトラベル イタリア鉄道旅」 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/02/27(月) 20:45:17 [No 6000] URL

今月の記事が公開されています。
ブログにはすでに紹介していますが、今回は「イタリア鉄道旅」と題して、最近の特急列車、ローカル線の新車、客車ごと船に積み込まれるメッシーナ海峡の連絡船、知られざる北イタリアのローカル線を紹介しています。
ン十年前に初めて食べたアランチーノ(ライスコロッケ)の思い出も付いています。

上のURLをクリックするとジャンプします。

現在、次の原稿を必死に執筆中です。お楽しみに。
次回は国内ネタです。


寒中お見舞い&記事のお知らせ お名前 駄菓子(部屋主) 2017/01/28(土) 06:55:44 [No 5999] URL

年末年始も多忙で、すっかり更新もおろそかになってしまいました。
なんとか生きていますのでご心配なく。
今年もよろしくお願いいたします。

これまた遅くなりましたが、「NikkeiStyleトラベル」のサイトで24日に記事が公開されました。
前回は「イタリア路線バスの旅」でしたが、今回は「都会に残る庶民の足 大阪渡し船巡り」です。
上のURLをクリックするとジャンプします。
お時間のあるときにご笑覧ください。


都電(市電)の絵はがき画像あります お名前 しおじん 2016/12/05(月) 17:04:02 [No 5998] URL

はじめまして。
私が集めていた絵はがきの中にも、路面電車が写っているものがいくつかあります。
戦前戦中のものです。
サンプル画像ですが、ご参照ください。


「Nikkei Style→トラベル」に記事が載りました お名前 駄菓子(部屋主) 2016/10/27(木) 13:09:04 [No 5995] URL

こんにちは。ごぶさたしています。
元気にしておりますが、本業が忙しすぎて、なかなか更新できないですみません。
きょう、日経電子版の「Nikkei Style→トラベル」に「不便で楽しい イタリアの田舎 路線バスの旅 」と題して私の駄文が載りました。
おひまなときにご覧ください。
イタリアの路線バスに乗ったときのドタバタ劇が書かれています。
上の「URL」をクリックするとジャンプします。


Re: 立川駅 お名前 駄菓子(部屋主) 2016/06/27(月) 04:26:48 [No 5994] URL

Kojiさん、こちらこそごぶさたしています。
ときどきホームページを見に行ってますよ!
行動力に感服しています。それとも出張のついで?(笑)

で、過分のおほめのことばありがとうございます。
あの当時は、あのようなホームがどこにでもあったし、73系電車も走っていましたが、「そのうち珍しい光景になるだろう」と思ってシャッターをきりました。
(あ、謙遜じゃなくて自慢になってる……)


立川駅 お名前 Koji 2016/06/25(土) 20:50:00 [No 5993] URL

たいへんご無沙汰しています。

「蔵出し鉄道写真館」の立川駅南武線ホーム。地元だけにとてもなつかしかったです。
そうでした、その頃はまだ地下通路でしたよね。
発車ベルの鳴り響く中、あの階段を駆け上がって南武線に乗り込んだ記憶も蘇ってきました。まさに写真の光景そのものです。
何気ない日常をしっかり写真に残していて、さすが駄菓子さんです!


「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2016/06/19(日) 22:37:40 [No 5992] URL

長らくお待たせしました。

ホームページ「蔵出し鉄道写真館」に、「御茶ノ水駅、東京駅 (1973年2月)」「上野駅付近 (1973年2月〜6月)」「新宿駅、立川駅 (1973年4月〜6月)」を追加しました。

「右上」の「URL」をクリックすると、「蔵出し鉄道写真館」のトップページにジャンプします。


ガリバルディとイタリア お名前 双子の母 2016/04/01(金) 01:24:30 [No 5991]

お返事ありがとうございます。
そうですね、シベリア鉄道旅行記は新聞じゃなくて日経のネット連載(というのでしょうか?)でした。今からお金を貯めて、60歳過ぎて時間ができたら高校時代の友人と女二人で行こうと話しています。そう遠くない将来なのでボチボチ貯金しないと・・・。
ガリバルディの家は引退後に住んでいたカプレーラ島にある家です。ガリバルディに関する本を読んで、最初の奥さんのアニータという、たしかアルゼンチンの人が印象に残りましたが、カプレーラ島の家にはそれらしい人が馬に乗った絵が1枚あるだけでした。新しい奥さんと子どもと住んでいた家なので、当然と言えば当然かもしれません。なぜそんな話をするかと言うと、ローマに行ったら(昨日戻りました)、ガリバルディの大きな銅像がある小高い広場から数百メートルほど車道を降りたところにアニータの銅像があったんです!戦地で亡くなったはずですが、遺骨もその銅像の下に納められているということでした。
歳は取ったけど、私もイタリア語を勉強してみたいと思います。


いらっしゃいませ お名前 駄菓子(部屋主) 2016/03/23(水) 23:59:39 [No 5990] URL

双子の母さん、はじめまして。
シベリア鉄道旅行記を愛読していただきありがとうございます。
(新聞じゃなくてネットですよね)
昔も女性一人で乗っているたくましい人がいましたよ。あくまでも、たくましい人ですが……。

ガリバルディの家というのは、ニースにある生家のことでしょうか。私は行ったことがないのですが、今ではフランス領なんですよね。
イタリア統一の際に、宰相カブールがオーストリアを打ち破ろうと、フランスの支援を受けるためにフランス国境に近い地域を密約で譲渡しちゃったとか。ガリバルディは怒ったけど後の祭り。
だからwikipediaでは気の毒に、イタリア統一の英雄なのに「生誕」の項目にフランス国旗が出ています。

イタリアに行ったのは大学3年生からイタリア語の勉強を始めたため。じゃあ、なぜイタリア語を始めたかというと、話がとっても長くなるのでそのうちに(笑)


シベリア鉄道とイタリア お名前 双子の母 2016/03/22(火) 03:23:13 [No 5989]

はじめまして。
シベリア鉄道とイタリア旅行という私が密かに目標としている場所をどちらもウェブに掲載されているのに驚いて、思わず書き込んでいます。
こちらを訪問したのはシベリア鉄道旅行紀の新聞連載を読んだからですが、イタリアのお話にも心惹かれています。私がシベリア鉄道に興味を持ったのは1990年のことで、そのとき読んだ英字新聞の記事をまだ大切に持っています。そのあとロシア語も少し習ったのですが、ロシア語の先生にシベリア鉄道に乗りたいと話したら、女の子一人じゃ危ないなーと言われました。こちら(英国在住です)ではシベリア鉄道経由で日本へ行ったり、日本からこちらへ来たという人もチラホラいらっしゃるので、おばあちゃんと言われるようになる前には実現させたいです。今回の駄菓子さんの記事も印刷して大切に保存しようと思います。
そういえば、なぜイタリア語を選んで、なぜイタリアに行かれたのか、事始めのような記事を探しましたがありませんでした。ぜひお聞かせいただきたいです。
私は歴史やイタリア絵画やある作家がきっかけですが、ガリバルディの家を船から見たのもきっかけの一つです。ガリバルディの家もちゃんと行きましたよ。この春は初めてのローマ。まずは王道の観光地めぐりからというところです。
長くなりましたが、またゆっくりイタリアの記事を読みにきますね。


こちらこそよろしく お名前 駄菓子(部屋主) 2016/03/14(月) 20:53:41 [No 5988] URL

椎の実さん、初めまして。
私より前からホームページをつくっていらっしゃったんですね。
ゆっくり拝見します。
今後ともよろしくお願いいたします。


初めまして お名前 椎の実 2016/03/13(日) 05:59:37 [No 5987] URL

ちょくちょく楽しく読ませて頂いております。
九州住まいですが、一時期、神奈川に住んでいたことがあり、その時によく乗りに行ってました。
記憶にある車両・景色を見ると懐かしくなります。


シベリア鉄道 お名前 駄菓子(部屋主) 2016/02/04(木) 11:08:52 [No 5986] URL

元監督さん、ごぶさたです。
へえ、全線の車窓ですか。
これがあれば、もう実際に行かなくてもいいかな……なんてことはないですよね。
でも、実際に行く体力がなくなったら、これで我慢するか。


訂正 お名前 元監督 2016/02/03(水) 10:49:19 [No 5985] URL

すみません
URL間違えました


シベリア鉄道 お名前 元監督 2016/02/03(水) 10:47:37 [No 5984] URL

ご店主のシベリア鉄道旅行記、楽しく拝読させていただいています。
ところで、上のURLご存知ですか?
Googleが撮ったシベリア鉄道の全線のビデオです。
(Googleがいったん削除したものを別の人がUPしているようです)


おめでとうございます! お名前 駄菓子(部屋主) 2016/01/02(土) 18:37:06 [No 5983] URL

……というわけで
遅れましたが、明けましておめでとうございます!
いろいろ忙しくて更新もままなりませんが、いよいよ今春からは「東京 -昭和の記憶-」のクライマックスの一つである「京島」にとりかかろうと思っています。

よろしくお願いいたします。


リンクと画像転載の違い お名前 駄菓子(部屋主) 2016/01/02(土) 18:35:43 [No 5982] URL

著作権法上、サイトへのURLのリンクは自由だという解釈が優勢で、私もそうあるべきだと考えていますので、みなさんご自由にどうぞ。
法律上の「引用」の範囲であるならば、文章の一部を使ってくださっても、もちろん構いません。

一方、一部のサイトでは当サイトの画像を無断でコピーペーストしているところを見かけますが、これは法律上問題があります。
出典(URL)を書けばよいというものではないので注意してください。


ご報告ありがとうございます お名前 駄菓子(部屋主) 2016/01/02(土) 18:29:28 [No 5981] URL

革洋同さま、はじめまして!
ご連絡ありがとうございます。
力作のサイト、拝見いたしました。

少しでも参考になって何よりです。
リンクはご自由になさって結構ですので問題ありません。
引き続きよろしくお願いいたします。


私のブログの参考にさせていただきました お名前 革洋同 2016/01/02(土) 15:12:21 [No 5980] URL

はじめまして
「骨まで大洋ファン」というブログをやっております。
「二邑亭駄菓子のよろず話」のhttp://www.dagashi.org/tokyo/shinjuku_se.html
を参考にさせていただきましたので報告させていただきました。
不都合等ございましたらご連絡ください。


「30年の時を超える 大人のシベリア鉄道横断記」 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/30(月) 14:58:07 [No 5979] URL

[No5975]の書き込みでお知らせしたように、上記のタイトルで「日経ビジネスオンライン」に9月のシベリア鉄道旅行記の連載がはじまりました。
週1回くらいのペースで10回あまり続く予定です。
シベリア鉄道の車内・沿線の様子のほか、下車した町の様子(30、34年前との定点比較写真あり)も紹介します。
お時間のあるときにご覧ください。

第1回の記事へは、上の「URL」をクリックするとジャンプします。


製材所 お名前 かじや 2015/11/23(月) 10:52:34 [No 5978]

駄菓子さん
大変お手数をおかけいたしました。

個人の登録で、2件の製材所はありましたが
やはり、現存はないようですね。

貴重な写真、お送りいただきまして、重ねてお礼申し上げます。
ありがとうございました。


製材所 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/22(日) 22:12:51 [No 5977] URL

かじやさん、こんばんは。
メールをいただいたま、お返事を怠っていてすみませんでした。
以前に書いた原稿のため、修正をし忘れていたのですが、
先日フィルムをスキャンしなおしたところ、
「北村製材所」ではなく、「北林製材所」であることがわかりました。すみません。

そこで、一昨日にネットでいろいろと探したのですが、少なくとも釧路にはその名前の製材所は現存しないようです。
場所は、旭橋の東側にあったと記憶していますが、はっきりしていません。それほど町外れではありませんでした。

絵にお描きになるのはご自由になさって構いません。
また、別途メールをお送りします。


製材所を描きたいんですが お名前 かじや 2015/11/22(日) 17:47:56 [No 5976]

製剤所検索で、「製材所のトロッコ」に出会いました。
郷愁漂う佇まいに、惹かれてしまいました。


「北村製材所」で、電話番号を調べましたが、該当番号
がありませんでした(NTT)。 撮影年月が36年前になりますが現存する事業所さんでしょうか。 そうでなければ、貴重な1枚です。

この佇まいを、描い(油絵)てみたくなりました。
どうか、お許しを願いしたいのですが。


シベリア鉄道旅日記 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/21(土) 14:21:27 [No 5975] URL

元監督さん、みなさん
掲載の日程が決まりました。

11月30日(月)が第1回です。
掲載サイトは、去年鉄道本を出したあとで「鉄道マニア×高倉健」を短期連載した「日経ビジネスオンライン」です。
http://business.nikkeibp.co.jp/

お固い記事にまじって、はたしてどうなのか、緊張します(笑)
驚くことに、「日経ビジネス」の本誌にも告知が出るそうです。

「日経ビジネスオンライン」は、掲載直後は誰でも見られます。
一定期間が過ぎると、会員しか見られなくなるかもしれません。
とはいっても、会員登録は無料です。


シベリア鉄道 お名前 元監督 2015/11/19(木) 10:07:24 [No 5974]

3回目ですか、ご苦労様です。
私も先月、往復30数時間ロシアの列車に乗ってきましたが、1晩が限界。
ご店主の旅日記、楽しみに待っています。


Re: 御大典広場 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/17(火) 20:23:25 [No 5973] URL

へえー、元監督は御大典広場の店に入ったことがあるんですか。
私は品行方正な学生だったので、もっぱらマージャン三昧でした。

あの広場は、最後にはずいぶん有名になったから、たくさんの人が写真を撮ったと思うんですが、意外にネットには出ていませんね。

ちなみに、ブログに書いたように、9月に3回目のシベリア鉄道に乗ってきました。
以前教えてもらったモスクワの通りにも行って、新旧比較写真を撮ってきましたよ。
某ニュースサイトに連載する予定なので、楽しみにしていてください。


御大典広場 お名前 元監督 2015/11/17(火) 16:21:03 [No 5972]

不思議な空間でした。
夏になると店が広場まで溢れ出して、半分、屋台のような感じになっていて、そこで紹興酒を飲むのが学生時代の贅沢でした。
さらに上等とされたのが「五十鈴」。妙に長細い飲み屋でした。
「明治・大正・昭和三代の女給がお相手します」だったかな?


コメントありがとうございます お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/10(火) 17:21:56 [No 5971] URL

紋史様、コメント書き込みありがとうございます。
いろいろとあわただしく、お返事が遅くなってしまってすみません。

御大典広場にご実家の店があるとはすごいですね。
荷物預かりの店は、上から6番目の「台北飯店」の写真のなかに、広告看板がうつっています。「きむらや」さんという店ですね。
差し支えなければ、トップページから「作者宛メール」でご連絡ください。

それでは、今後ともよろしくお願いいたします。


懐かしかったです お名前 紋史 2015/11/05(木) 02:06:58 [No 5970]

駄菓子さん、はじめまして。
ネットサーフィンをしていて、こちらにたどり着きました。
東京〜昭和の記憶〜新宿駅南口〜東口の中にとても懐かしい
写真を見つける事が出来ました。二枚目の御大典広場の店々の中に
実家の店がうつっておりました。立ち退きと共に中野区に移転
しましたが。幼い頃は荷物預かりのおばあちゃんのお店があったり
同じ屋号のうどん屋さんがあったのを思い出しました。
何だか嬉しかったです。ありがとうございました。


ありゃ お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/05(土) 13:04:14 [No 5969] URL

ありゃ、そうでしたね。失礼しました。
というわけで、写真と時刻も調整して、こっそり直しておきました(笑)


疑問点 お名前 −JW− 2015/09/03(木) 15:33:21 [No 5968]

こんにちは。 直すんならついでに (^^ゞ

>0:50〜
>いよいよ旧市街の中心部に向かう。

ここも、もうひとつ広場に近い路なような・・角の建物の装飾の付いた古い入り口が目印。
ここは、前に駄菓子さんが教えてくれたんだと記憶してるんですが?


シャッカ冒頭画面 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/03(木) 11:26:12 [No 5967] URL

ああ、そうかー。
サン・ミケーレ(ミカエル)教会らしきものが見えているのはわかったのですが、教会の左側が見渡せる場所がないよなあと思い込んでいたのでした。
手前の建物が増築されて、だいぶ雰囲気が変わっていますね。
あとでブログを訂正しなくては。


シャッカ旧市街 お名前 −JW− 2015/09/03(木) 00:43:49 [No 5966]

こんばんは、駄菓子さん。

>坂がなくてこんな広々とした交差点は旧市街にはなかったような気がする

これって、バディア・グランデ教会前の広場ですよ・・チャッチョ通りへの入り口・・奥にミカエル教会が見えてます。

そのミカエル教会脇の坂道・・ロッカと海の見える崖っぷちの坂道は、ここだろと目星が付いても、降り口までしか行けず、
坂下の道もストリートビューが入ってなくて確認のしようもなく、とても気掛かりな事ではありました。

これで、「借家・借家」と、空襲で焼け出された一家みたいなこともなくなりそうです。
シャッカ特集、ほんとうにありがとうございました。


シャッカ(大尾) お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/02(水) 11:52:50 [No 5965] URL

>>種明かしは次回のお楽しみに。
>はい!「単身移動だからで〜す」に10ジャラスばかし。

いや、単に「次回はロケ地めぐり」なので、味わいのある旧市街の写真は、そちらにまわしたというだけの話です。
もったいぶってすみません。


シャッカ(続) お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/02(水) 11:51:26 [No 5964] URL

シャッカの長距離バス発着所は、なんとこんなところ。
単なる町のバス停という感じで、知らない外国人は絶対にたどりつけないでしょう(笑)
Via Agatocle
37.505868, 13.087720

アガトクレ通りというだけあって、ホテルからの往復は「上がっとくれ」とばかりの坂道だらけ。
ホテルはここ。バス停から重い荷物を600mほど転がしました。
Hotel Melqart
Via Mulini, 16
37.505809, 13.079999

なんと駅があった構内の真裏。
廃止から30年ほど経ったはずなのに、まだ駅の雰囲気は残っていました。


シャッカ お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/02(水) 11:45:52 [No 5963] URL

−JW−さん、ごぶさたです。
ようやく、ブログで去年9月のシャッカまでたどりつきました(笑)
じつは、facebookで写真だけをアップしていたので(全員に公開)、ブログを書く情熱を失いかけていたところでした。

で、例の「誘惑されて捨てられて」タイトルバックのロケ地めぐりも、きのうのブログ記事で書きました。
それにしても、あのタイトルバックの映像は何度見てもいいですね。音楽も哀愁が漂って素晴らしいし。


追跡 お名前 −JW− 2015/09/01(火) 13:45:59 [No 5962]

今日は。シャッカの記事ありがとうございます。

>そういえば、昨年(2014年)秋のイタリア旅行の話が途中だった。

「シャッカへ行くみたいよ」という情報が入ってから1年・・長かった、遠かった。
そりゃあ、シチリアですから仕方ないんですが。

「バスはどこに着くんだろ?」とか「ここへは行くよな!」って想像たくましく。

さて、昨日の記事によると、着いたのはアソコでそのまま坂を下って漁港へ。
高い突堤の上を歩いて「遠景」を撮影。てな具合でしょうか?

次に「駅」へ寄ってからその先の残ってる鉄路を間近に撮影。
「丘上の展望台の展望台」へは階段道を登って広場の中程に。

>種明かしは次回のお楽しみに。

はい!「単身移動だからで〜す」に10ジャラスばかし。


「イタリア町めぐり」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/07/06(月) 15:09:37 [No 5961] URL

「イタリア町めぐり」を更新しました。
南部カラブリア州でアルバニア文化を色濃く残す、コセンツァ県「チヴィタ」(Civita)の町です。2004年と2006年に訪ねました。

BS日テレの人気番組「イタリア小さな村の物語」で取り上げるという情報が入ってきたので(ホームページでも公開されているので、インサイダー情報ではありません 笑)、勝手にタイアップしてみました。

右上の「URL」をクリックすると直接ジャンプします。


「東京 -昭和の記憶-」一部更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/05/16(土) 03:40:40 [No 5960] URL

「南青山〜麻布(2)」「六本木(2)」で、それぞれ撮影場所がわからなかった写真1枚ずつがありましたが、情報をいただいて場所が判明しました。
ハシモト様、こすぎ様、ありがとうございました。

現状の写真を撮影して追加しました。


「東京 -昭和の記憶-」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/05/12(火) 02:19:48 [No 5959] URL

「東京 -昭和の記憶-」に「板橋 大門」を追加しました。
高島平の南にある町で、かつての徳丸ヶ原の一部でした。
宅地化が急速に進む周囲の町とは一線を画して、豪壮な農家が点在する町並みは、まるで桃源郷のように感じられたものです。

右上の「URL」をクリックすると当該ページにジャンプします。


「東京 -昭和の記憶-」一部追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/03/25(水) 19:56:18 [No 5958] URL

「東京 -昭和の記憶-」の「有楽町〜銀座」に写真を追加しました。
私の父親が生前に撮った、銀座松坂屋と銀座三越の屋上からの写真です。年代は1950年代半ばと考えられます。

なんと銀座のデパート屋上から海が見えたんですね!
右上の「URL」をクリックするとジャンプします。


「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/03/20(金) 02:12:23 [No 5957] URL

時間の余裕があるうちにと、「蔵出し鉄道写真館」も更新しました。
1973年1月、高校1年生の冬休みに訪れた「五能線」「大湊線、大畑線」「陸羽東線」です。

右上の「URL」をクリックすると、「蔵出し鉄道写真館」のトップページにジャンプします。


もんじゃ お名前 駄菓子(部屋主) 2015/03/16(月) 15:08:50 [No 5956] URL

そうそう、昔は具なんてほとんど入っていませんでしたね。
小学校時代はなおさらです。
もっとも、まったく入っていないのは味気ないので、サキイカみたいなものを入れていたことを覚えています。
2品ほど頼んだら、みんなにブルジョワ(ほとんど死語?)扱いされました(笑)

まあ、いずれにしても月島はうまい町おこしをしましたね。


月島もんじゃ お名前 −JW− 2015/03/14(土) 22:13:15 [No 5955]

こんばんは。
もう25年以上前でしょうか、森下の子供相手のもんじゃ屋がお好み焼屋に昇格したような店
(当然リーズナブルなので愛用・・子供達がいくら食ってもダイジョウブ)
のおばちゃんに、「月島のもんじゃってどんなの?」って聞かれたことがありました・・
話題になってるのでウチでも出したいって・・。

月島でもんじゃ焼を食べたのは、その数年後にFBIKEの友達に連れてって貰ったのが初めて・・
もちろん、知ってるもんじゃとは大違いなモノでした・・具が沢山入ってるんですから・・
ああゆう作り方もした覚えないし・・東仲の外れの小汚い店(失礼!)が満席だった・・
こりゃスゴイ町興しだなあって、思いましたよ!


月島もんじゃ お名前 駄菓子(部屋主) 2015/03/13(金) 12:00:11 [No 5954] URL

−JW−さん、ごぶさたしています。

月島は、行くたびにもんじゃ焼き屋が増えている印象です。
賑やかな西仲通りは、大半の店がもんじゃ!
そんなウマかったかなあ? と昔のもんじゃしか知らない私は思うのでした(笑)


昭和の記憶-月島 お名前 −JW− 2015/03/12(木) 12:48:38 [No 5953]

こんにちは、ご無沙汰いたしております。

月島とは懐かしい・・もんじゃについては全く同意見です。
晴海の学校に通っている間に月島でもんじゃ食ったことはありません、
大人になってから食うもんじゃなかった。


「東京 -昭和の記憶-」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/03/11(水) 17:26:25 [No 5952] URL

久しぶりに「東京 -昭和の記憶-」を更新しました。
今回は、月島〜佃島です。
1970年と1992年に撮った写真があります。
1970年にもっと撮っておけばよかったのですが……。

右上の「URL」をクリックするとジャンプします。


イタリア町めぐり更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/02/25(水) 01:58:52 [No 5951] URL

久しぶりに「イタリア町めぐり」を更新しました。
イタリア中部、アブルッツォ州の小さな村「サント・ステーファノ・ディ・セッサーニオ」です。
右上の「URL」をクリックするとジャンプします。


平積み お名前 駄菓子(部屋主) 2015/02/25(水) 01:21:03 [No 5950] URL

いやあ、美しい響きですね「平積み」って(笑)
確かに、鉄道オタク以外の人に好評を得ているようです。
意外に女性にも。
当時、同じように日本中をまわっていた人たちに、「オレたちのほうがもっとマニアックだった」と文句をつけられるかなと心配だったんですが、それは杞憂でした。
よくぞ書いてくれたという評価が多くてほっとしましたよ。
まあ、ブームというには、まだささやかですが……。


天下の紀伊国屋 お名前 元監督 2015/02/24(火) 13:37:51 [No 5949]

田舎ですが、紀伊国屋でも平積みでしたよ。
鉄道ファン以外にも結構売れているのではないでしょうか?
単なる乗り鉄や撮り鉄の日記ではなくて70年代の青春グラフィティーになっているのがブームの秘密かと。


書評その2 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/02/21(土) 01:43:19 [No 5948] URL

じつは、これまでの新聞、雑誌の書評で一番ていねいに書いてくれたのが、意外なことに日刊ゲンダイでした!

右上の「URL」をクリックしてみてください。


短評 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/02/21(土) 01:40:25 [No 5947] URL

元監督さん、お久しぶり!
そう、隅っこに小さくですけど載りました!
まったく期待していなかったので、喜ばしい限りです。

じつは、書評や広告に載ったときの売れ行きは、いまや朝日よりも日経のほうが何倍も効果があるようです。
日経BP社の本だから、じゃあ日経には簡単に載せてくれるかというと、むしろいろいろ気を遣わなくてはならない要素があるらしくて、なかなかうまくいかないんだとか。

右上の「URL」をクリックすると、朝日のネット記事にジャンプします。


天下の朝日 お名前 元監督 2015/02/20(金) 08:49:04 [No 5946]

天下の朝日新聞の書評に載りましたね!


トークショー御礼 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/02/11(水) 04:30:20 [No 5945] URL

2月8日、秋葉原の書泉ブックタワーにて、『鉄道黄金時代 1970's』のトークショー(トークイベント)をやってきました。
小雨降るなか、約40人の方に来ていただきました。
私のホームページ、ブログを読んでいらっしゃった方もあり、感謝いたします!

詳しくはブログに掲載してあります。
URLをクリックすると、当該記事へジャンプします。


続々・網走番外地 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/02/11(水) 04:28:44 [No 5944] URL

あのカーブは素敵ですね。
ぜひ、雪があるときに撮影をしたいと思いますが、山の上からなので寒そうですね。


続・網走番外地 お名前 はしご 2015/02/09(月) 23:15:57 [No 5943]

>新得町にあった農林省(当時)の伐採線だそうです。
駄菓子さん、ありがとうございます。『十勝上川森林鉄道』ですね。
ちなみに、先ほどNHK-BSで放送されていたのを見たのですが、『ペンケセップ』の位置が判りました。
地形から考えると、釧網本線の細岡駅の北東〜釧路町と標茶町の境界〜で(ほぼ)間違いないと思います。
# その後で手錠の鎖が切れて転がる斜面は(また)別だと思いますが


『網走番外地』の森林鉄道 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/01/20(火) 23:43:11 [No 5942] URL

はしごさんのご指摘になった森林鉄道ですが、ロケ地がわかりました。
現在発売されているディアゴスティーニの『隔週刊 東映任侠映画 傑作DVDコレクション』(テレビCMをしているやつです)の創刊号に『網走番外地』が含まれていて、解説がついていました。
それによると、あれは確かに森林鉄道で、新得町にあった農林省(当時)の伐採線だそうです。


鉄道本トークショーをやります お名前 駄菓子(部屋主) 2015/01/20(火) 09:44:55 [No 5941] URL

寒い日が続きますね。

恥ずかしながら、昨年末に出した鉄道本についてのトークショーをすることになりました。
日時:2月8日(日)15時〜
場所:書泉ブックタワー(東京・秋葉原)
https://www.shosen.co.jp/event/8930/

もちろん無料です。まだ席がだいぶ残っているそうなので、お時間のある方はぜひどうぞ。

何を話すかはまだ決まっていませんが、スライドを使ってあれこれと昔話をするのではないかと思います。
お聞きになりたいという奇特な方は、上記リンクから書泉に予約をしてください。
右上の「URL」をクリックしても、書泉の告知サイトにジャンプします。

それでは、よろしくお願いします。


北海道の森林鉄道 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/01/16(金) 01:40:25 [No 5940] URL

はしごさん、こんばんは。
はじめまして! でしょうか?
日経ビジネスオンラインの記事をご覧くださりありがとうございます。
映画はあくまでもフィクションなので、実際にロケをした森林鉄道の位置などは考えていないのでしょう。
映画のエンドロールを見ると、士別あたりでもロケをしていたようなので、「あれ?」と思いました。

個人的には、山の中の森林鉄道は、比較的遅くまで使われていた丸瀬布か置戸あたりではないかと考えているのですが、まったく根拠はありません。


「『網走番外地』オホーツクの謎」について お名前 はしご 2015/01/15(木) 22:47:31 [No 5939]

日経ビジネスonlineで標記を拝見しました。
映画の中での"トロッコチェイス"について…ですが、網走周辺で森林鉄道と言えば上札弦、津別の両路線、ならびに森林鉄道に準ずる路線として東藻琴村営軌道の3路線が考えられます。
ただし、往時のSL牽引列車の速度を考えると「釧路まで1時間」ならば現地は釧路から30〜40km程度ということになり、上記はいずれも合致しません。
そんな訳で気になってはいたのですが、そのままになっていたのを思い出しました。
『鉄道黄金時代』探してみます。


ご購入感謝 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/12/27(土) 21:04:55 [No 5938] URL

ねつぞうさん、ごぶさたです。
拙著のご購入ありがとうございます。

「鉄分関係なく楽しめた」とのことでよかった!
あの本の話は学生時代ですから、さすがに今はあのヒマ人レベルを維持できません。
でも、心はいつもヒマ人。


買いました! お名前 ねつぞう 2014/12/27(土) 10:57:59 [No 5937]

イタリアネタもないので、とってもご無沙汰しております(^◇^;)

ところで新刊購入しました〜。
自分はイタリアの移動中にこの景色すごいなーとか思う程度の鉄成分の薄さですが、その圧倒的な記憶、記録量に感嘆することしきり。鉄分関係なく楽しめます!
しっかし、駄菓子さんが筋金入りのプロ暇人ということを再認識(O.O;)
そりゃ効率なんてくそくらえですわ。
おいらなんか暇人隊の末席の末席の末席だわ。


『鉄道黄金時代 1970's』発売しました!! お名前 駄菓子(部屋主) 2014/12/20(土) 07:02:35 [No 5936] URL

12月19日に発売になりました。
20〜22日に書店店頭に並ぶかと思います。
ぜひ、手にとってご覧ください。

また、発売記念として「日経ビジネスオンライン」に「健さん×鉄道マニア」というコラムの短期連載をはじめました。

詳しくは、ブログ記事をご覧ください。
上の「URL」をクリックすると、ブログ記事にジャンプします。


『鉄道黄金時代 1970's』まもなく刊行 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/12/06(土) 20:07:25 [No 5935] URL

おととい無事校了しました。
『鉄道黄金時代 1970's −ディスカバー・ジャパン・メモリーズ−』(日経BP社)
12月19日発売です。

1970年代を中心に撮影した鉄道情景写真(国鉄、ローカル私鉄、路面電車、森林鉄道、トロッコなど)を、当時の思い出を交えて紹介している本です。

詳しくは、上の「URL」をクリックして、アマゾンのページをご覧ください。

現在
東京・神保町の書泉グランデ6階の階段で、発売直前キャンペーンとしてミニ写真展をささやかに開催中です。


ごぶさたしています お名前 駄菓子(部屋主) 2014/11/18(火) 13:08:03 [No 5934] URL

多忙のために更新が滞っていてすみません。
ブログは、9月のイタリア行きを中心に、ぼちぼち更新しています。

現在、鉄道関係の書籍を制作中で、12月20日ごろに刊行の予定です!
詳細はまた改めてお知らせします。


「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/08/17(日) 23:46:37 [No 5928] URL

夏バテ気味のきょうこのごろですが、「蔵出し鉄道写真館」を更新しました。
「京成電鉄 (1971年3月〜1972年9月)」と「上野駅帰省列車 (1972年12月)」の2本
「上野駅帰省列車」では、当時の雰囲気がよく味わえますよ!

右上の「URL」をクリックすると、「蔵出し鉄道写真館」のトップページにジャンプします。


「イタリア町めぐり」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/07/27(日) 16:00:20 [No 5926] URL

「イタリア町めぐり」を更新しました。
今回は、2008年に訪れたサルデーニャ島北部の「カステルサルド」です。
海に突き出した丘の上にある城塞都市。
その遠景は見事というしかありません。
イタリアに興味のない方も、ぜひちらりとトップの写真を見てください。

右上の「URL」をクリックすると、直接ジャンプします。


商店街 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/07/14(月) 08:27:02 [No 5925] URL

kachanさん、おはようございます。
日本橋は再開発が佳境を迎えていて、あちこちで更地や建築中の建物がありました。
西田佐知子の櫻政宗のCMは記憶がなくて、いろいろネットで探してみましたが、もしや菊正宗では?
「きくまさ〜むね〜」というやつ……ってこれじゃ何がなんだかわからないか(笑)

そう、あちこち旅行していると、商店街が急速に消えていくのがわります。とくに、昔の写真と対照すると一目瞭然です。
なんとかならないものかと思いつつも、とりあえず写真を撮るしかない私です。

さて、名古屋市電に乗ったことがあるとのこと。貴重な体験ですね!
私は、中学の修学旅行の際に、観光バスの窓から撮ったのみです(やはり窓から撮った豊橋市電はアップしていますが、そのうち名古屋市電もアップしますね)


更新うれしいです お名前 kachan 2014/07/13(日) 17:29:04 [No 5924]

櫻政宗のビル…。味があっていいですねえ。
子どものころ、櫻政宗のCM、西田佐知子の歌、思い出してしまいました。私は、70年代前半の東京の都電の写真が好きです。
 それと、今は日本全国、どんどん減っていく商店街の写真はたまりません。
 田舎の生まれですので、私が「市電」に乗った経験は昭和43年(小学生のころ)、名古屋で乗ったことがあるだけです。
 これからもすばらしい写真の数々、アップを楽しみにお待ちしております。


「東京 -昭和の記憶-」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/07/08(火) 13:48:28 [No 5923] URL

大変お待たせしました。
「東京 -昭和の記憶-」を久しぶりに更新しました。
……といってもたった1ページですが。

今回は1970年代前半の「丸の内〜日本橋」です。
タイトルは堂々としていますが、都電撮影のついでに撮った風景ばかりすいません。当時の東京駅丸の内口や国鉄本社ビルが入った写真もあります。

そして、なぜか今回はカラーが中心。「なんでモノクロなんだ」という意見に反発したわけじゃけっしてないのですが。
たまにしか写真を撮らなかったころは、カラー(でもネガ)フィルムを使っていたんです。だから、古い写真ほどカラーの比率が高い……。

右上の「URL」をクリックするとジャンプします。


モノクロ写真 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/07/08(火) 08:05:21 [No 5922] URL

magicanaさん、こんにちは。
そうなんですよ〜。
「モノクロに変換したんですか?」という質問ならばいいのですが、「古めかしく見せるのはよくない」と責められることがあるので、ひと言いっておきたくなってしまって。
magicanaさんは、モノクロフィルムが身近にあった最後の世代かもしれませんね。1970年の大阪万博でカラーフィルムが一気に普及した記憶があります。

とはいえ、そのころはプリントが1枚30〜40円。コダックの純正だと70円(!)もしました。それが、徐々に安くなっていって、逆にモノクロプリントが高くなったので、しまいには逆転してしまいましたっけ。
そうそう、カメラ屋がプリントしなかった写真を、ネガを透かして見ていたなんてよくありました(笑)

バカチョンについては世の中に誤解があるようで、あの「チョン」は江戸時代からある言葉で「ゝ」のことなんです。ちょんまげは、この形に似ている髷なので、そう名付けられたはず。
文字になりきれていない中途半端な存在なので、バカとチョンを組み合わせて、ちょっと頭の暖かい人を指すようになったと思います。いろいろ調べてみた結果、状況証拠でしかありませんが。


「わざとモノクロ」ですか お名前 magicana 2014/07/07(月) 10:43:05 [No 5921]

……かなりショックですねぇ。

私は1971年生ですが、幼少時の写真はカラーとモノクロが半々くらいです。小学校・中学校の卒業アルバムの顔写真はカラーです(何故か高校のはモノクロです)。確かに物心付いてからはカラーが当たり前で、モノクロのフィルムを購入した覚えがありません。けれども、サクラカラーの「百年プリント」だとか、カラーは褪色するものだというのが常識で、カメラに触るようになった頃、専らカラーで写真を撮るようになっていた父に一通り教わったのですが、モノクロで撮るのが本当は良いのだ、と話していたのを思い出します。尤も、私は初めからバカチョン(これも現在使わない、というか、使うべきでない言葉のようですが、時代性を鑑みてそのままにします)カメラでしたが。

当時は写真屋などにフィルムを持ち込んで、500円で現像してもらわないといけなかったので(さらにプリントが1枚20円だか)、ブレたり露光不足だったりした写真は写真屋の方でプリントしなかったり心霊写真(笑)と言って騒いだりしたものでした。失敗していても4,5日待たないと分からないので、撮ったはずなのにプリントされていない写真を、ネガを透かして見て確かめたりしたものでした。……こういう「昭和の記憶」が、分からなくなってしまうのですね。30年前を描いたドラマこそ、時代考証が必要なのかも知れません。


このサイトの古い写真がモノクロである理由 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/06/22(日) 01:24:58 [No 5920] URL

何度か説明したのですが、それでも「古い写真をわざとモノクロにしてレトロっぽくしているのはよくない」(とくに、「東京 -昭和の記憶-」のページ)と指摘する人がいるので、なぜモノクロなのかという理由をまとめました。

「東京 -昭和の記憶-」のトップページ下部に、主な理由をまとめてあります。
確かに、1970年代後半に入れば、一般の人も普通にカラーフィルムを使うようになりました(でもネガですが)が、写真好きな人はモノクロをずっと使っていたのです。
それは、価格、保存性、精細度、趣味などいろいろな理由がありました。

わざわざこんな断り書きをしなくてはいけない時代になったんですね。
デジタルだといくら撮っても無料。基本がカラーで、モノクロは「わざわざ変換するもの」なのですから、しかたがないのかもしれません。
おかげで、旅行前の大量フィルム購入が必要なくなったのは便利ですが。


リコーフレックス お名前 駄菓子(部屋主) 2014/05/16(金) 01:22:39 [No 5919] URL

安くて手軽な二眼レフだったんですね。
ただ、二重撮り防止装置がついていないので、フィルムを巻くのを忘れてシャッターを押してしまい、二重撮りをして泣いたことがありました。
現像をして、はじめて失敗とわかるのは悲しいですよね。

しかも、二重撮りだから、一度に2枚がダメになる……。
ブローニーフィルムだと6×6サイズで12枚しか撮れないから(リコーフレックスはもちろん220フィルムは使えなくて120だけ)、ここ一番というときにシャッターを押すわけで、失敗したときのショックもいや増しでした。


リコーフレックスW お名前 Koji 2014/05/14(水) 23:26:54 [No 5918] URL

あっ!それなら一緒です。
たぶん。


リコーフレックス(訂正) お名前 駄菓子(部屋主) 2014/05/14(水) 12:05:55 [No 5917] URL

すみません。
「リコーフレックス II」じゃなくて「リコーフレックスIV」でした。
確か。


リコーフレックス! お名前 駄菓子(部屋主) 2014/05/13(火) 11:14:13 [No 5916] URL

Kojiさん、こんにちは。
こちらこそ、ご無沙汰してしまいました。
やはり、リコーフレックスはベストセラーだったんですね。
うちのは、「リコーフレックス II」でした。


当初は、ぼんやりした写真を撮ってばかり。
レンズがレンズなので、f8以上(できれば11以上)に絞らないと、まともな写真が撮れないとわかるまでには時間がかかりました……。

で、そのためには高感度フィルムが必要だということで、ブローニーのトライXを使うようになりました。


リコーフレックス お名前 Koji 2014/05/12(月) 22:18:35 [No 5915] URL

ご無沙汰しています。
「100年目の鉄道記念日」を拝見しました。
実は私も父親からのお下がりのリコーフレックスを使ってました!
奇遇と言うより、さすが一世を風靡した超ベストセラー機と言うべきでしょうか。
ただ、父親から秘技は教えてもらえませんでしたが・・・。

「青梅線」もなつかしい。
確かにそのころは、茅葺屋根の民家が点在していましたね。


「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/05/11(日) 22:12:42 [No 5914] URL

本業の大仕事が一段落つき、立て続けの更新になりました。
「蔵出し鉄道写真館」に「100年目の鉄道記念日」と「青梅線」を追加しました。
どちらも1972年秋のこと。高校1年生のときの写真です。

右上の「URL」をクリックするとジャンプします。


「イタリア町めぐり」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/05/09(金) 23:10:54 [No 5913] URL

またもや、激しく更新が滞ってしまいましたが、病気しているわけではないのでご安心くださいませ。
今回は「イタリア町めぐり」です。
フランス国境に近いリグーリア州の山の村「トリオーラ」です。
山の幸と魔女で村おこし(?)

私がこれまでイタリアで見たナンバーワンの絶景がありました。
写真だとどこまで伝わるかわかりませんが。
右上の「URL」をクリックするとジャンプします。


淡路町〜小川町〜駿河台下 お名前 駄菓子(部屋主) 2014/03/03(月) 06:31:38 [No 5912] URL

magicanaさん、こんにちは。
ここにきて、御茶の水駅〜小川町あたりも大きく変わりました。
同和病院は中に入ったことがなく、あとになって興味深い建築だということを知って残念に思ったものです。

確かに、若いころだから師弟食堂や中大生協でも食べられたんだと思います。
今だったら、金をもらっても断るかなあ(笑)

私は、明治大学の立派な校舎を、なぜか撮ることがなく終わってしまいました。いつでも撮れると思っていたし、有名な建物だから誰もが撮っていたような印象を受けていましたので。
今から思うと残念至極です。まあ、町の写真を撮っていると、そんなことの繰り返しですが。


同和病院その他 お名前 magicana 2014/03/02(日) 16:27:39 [No 5911]

ここの書込みに誘われて「神田淡路町〜小川町」を見直してみました。実は'93年から10年ほど(学部〜院)明大に通っていましたので、どこも何となく見覚えのあるところばかりです。
同和病院はサークルの後輩に噂を聞いて、明大健保の健診指定医院だったのでわざわざバリウムを飲みに行き、ステンドグラスも見ました。その当時は明大の記念館も健在でしたが、それを上回るおどろおどろしさがありました。
小川町交差点にある尾張屋のビルは知っていましたが廃業したのは知りませんでした。バブル期までは院生に随分美味しいバイトが回って来たらしいのですが、バブル崩壊後に東京に出て来た私らには、院試の面接で教授陣が脅していたバイトの口(儲かり過ぎて勉強に身が入らなくなると……)は一向にかからず、従ってあまり贅沢も出来ず、節約に努めていたせいで師弟食堂か立食い蕎麦か、とにかく食費は500円までと決めていたため、尾張屋を始め周囲にある店の殆どに入らずに仕舞いました。そんな私らに対しバブル期に学部生以上だった院の先輩たちは口が奢っていて、よく「師弟食堂なんかでよく食えるな」と嘲笑されたものです。
今、大学の図書館には調べ物にたまに行きますが、周辺を歩いて見る余裕がありません。当時写真を撮らなかったので、今歩いて新しい建物を見ても、昔何があったかは思い出せそうもありませんし。せめて当時のまま残っている建物について写真を撮って置こう、そんな気分になりました。


蔦のからまる歯科医で お名前 駄菓子(部屋主) 2014/02/20(木) 01:02:29 [No 5910] URL

元監督さん、ごぶさた。
手元の写真を拡大しても、蔦のからまっている建物の正体はわかりませんでした。
おそらく、私が撮った時点では歯医者を廃業していたんでしょうね。
「福八」はよく覚えています。入ったことはないけど。
町のなかに大学があるのも、いいような悪いような……ですね(笑)


御茶ノ水 お名前 元監督 2014/02/18(火) 09:27:49 [No 5909]

へ〜歯医者さんだったのですか
私にも記憶がありません。
私の記憶にあるのは、その一軒奥の「福八」。
居酒屋なんですけど、中大の授業で4講時あたりになると窓の外、道を隔ててすぐ目の前で宴会が始まって、とても勉強どころではなかったのを覚えています。


一時アクセス不能に お名前 駄菓子(部屋主) 2014/02/14(金) 19:36:00 [No 5908] URL

13日夜から14日夜にかけて、ホームページへのアクセスとメールの受信ができなくなりました。
ご心配をかけましたが、サーバー管理会社に連絡して、ようやく復旧しました。


ZEROCGI.