道楽者の部屋
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迷子メール お名前 駄菓子(部屋主) 2019/04/22(月) 13:42:48 [No 6056] URL

感想メールを送ってくださった吉野様へ。
ご感想ありがとうございました!
返信をしたのですが、メールが戻ってきてしまいました。

プロファイルのページも読んでくださってようで恐縮です。
修正をするのを忘れていましたが、シベリア鉄道に乗ったのは2回ではなくて3回です(笑)
3回目が2015年です。

そのときの様子を、日経ビジネスオンラインで15回連載しましたので、お時間のあるときにご笑覧いただければ幸いです。
https://business.nikkei.com/atcl/report/15/111600051/

その後、私家版の本にもまとめました。
http://dagashi.txt-nifty.com/weblog/2018/01/post-d054.html

今後ともよろしくお願いいたします。


「イタリア町めぐり」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/04/13(土) 18:35:32 [No 6054] URL

お待たせしました。
「イタリア町めぐり」に、イタリア北西部ヴァッレダオスタ州の州都「アオスタ」と、その近くの小さな村「ルヴロョーニュ」を追加しました。

右上の「URL」をクリックすると、「アオスタ」にジャンプします。

また、モバイルの小画面にも対応しました。
「イタリア町めぐり」のほかのページも、少しずつ対応しています。


水郡線 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/04/01(月) 07:20:15 [No 6053] URL

東北の津波被害は大きく取り上げられましたが、茨城県や千葉県にも大津波が来たことは取り上げられる機会が少ないので、世の中には知られていないかもしれませんね。

常磐線への用件というのは、2カ月に1回ほど、仕事(鉄道本以外)でいわきに行く機会があったことです。
元気なときは、途中下車をして東京に帰ってきました。
常陸太田は常磐線沿線ではないのですが(笑)、水戸で降りてぶらぶらしているうちに、「そうだ40年ぶりに常陸太田に行こう」と思い立ったわけです。

郡山から水戸まで、久しぶりに水郡線を乗ってみたいですね。
でも、せっかくなら途中下車をしながら……と思っていると、郡山側の本数が少なくて、なかなか実現していません。


追記:「懐かしい日本の町並み」日立市(茨城県)久慈浜 お名前 瀬戸内出身 2019/03/29(金) 07:06:47 [No 6052]

茨城を引きずって恐縮ですが、津波について…。久慈浜には「小川」と並行して日立港に繋がる道路もあります。久慈浜の南側境界の茂宮川よりも200m程南では、(日立港から常陸太田市等に繋がる)国道293号が(海岸から500m辺りで)常磐線を潜るガードに、海水が溜まりポンプで排水したようです。一方、津波は物凄い轟音で茂宮川を遡上したそうで少し上流の水田には転覆したボート等が散見されましたが、氾濫はしなかったようです。

また、茂宮川の更に500m程南(日立市と)東海村との境界の久慈川(一級河川)では津波が4km程(国道6号辺りまで?)遡上したそうです(堤防の決壊も懸念されたようですが)。余談ですが、久慈川や茂宮川への流入も影響して東海原発は福島のような大事に至らなかった、と個人的には思っています。

なお、常陸太田に路線バスで行ったことはありません。日立に来た当初は良くサイクリングで通過。部屋主さんの「寄り道」は水郡線ででしょうか?廃線間際に旧日立電鉄線で常陸太田に行き、水郡線で水戸(梅祭)に行ったのを思い出しました。BRTも自動運転の試験とかで話題になってますが、未だ乗車してません。和歌山は未だ行ってない県の1つですが、「稲むらの火」など、津波も連想します。


「懐かしい日本の町並み」に「三重県」を追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/03/26(火) 16:10:49 [No 6051] URL

新設したはいいけど、いつまでも「茨城県」だけではいけないので、「三重県」を追加しました。
五ヶ所湾の町、熊野、伊勢市河崎町などです。

上の「URL」をクリックすると、「懐かしい日本の町並み」コーナーのトップページにジャンプします。


久慈浜、大甕のこと お名前 駄菓子(部屋主) 2019/03/25(月) 06:34:08 [No 6049] URL

瀬戸内出身さん、こんにちは。
震災以後、那珂湊は行きましたが久慈浜は行っていませんでした。
なるほど、津波が川を遡ったので、あのあたりも被害を受けたんですね。

日立電鉄跡のBRTはそのうち乗ってみたいと思うのですが、まだ実現していません。ただ、先日は仕事の帰りに常陸太田に寄り道して、普通の路線バスを大甕まで乗りました。沿道はなかなか味わい深いところもありました。

そうそう、常磐線には仕事でたまに乗る機会があるのですが、大甕駅は通るたびに変わっていますね。西口ができたりしてびっくり。


「懐かしい日本の町並み」日立市(茨城県)久慈浜 お名前 瀬戸内出身 2019/03/21(木) 08:03:27 [No 6048]

こんな所?まで部屋主さんが来られていて、しかも日立市の(頑張れば徒歩でも行ける地域の)住民となって半世紀近くになろうとしている自分よりも詳しそうなのに感心しました。そう言えば、先月末の「RE^2:片男波」によると、北木島の近くの真鍋島にも行かれたと(いずれ、行ってみたいとは思ってますが…)。

日立市に来た当初、魚の鮮度が悪いのに驚きましたが、久慈浜は例外でした。撮影された77年頃は「改善」されつつも未だ久慈浜に買いに来ることもあったと思います。町並みが決定的に変ったのは8年前の震災の津波の影響と思います。海岸から数百m以内で(今は市の図書館や駐車場になった)旧日立電鉄線の久慈浜駅の辺りを経由する小川を遡上するなどした津波により床上浸水の家屋も多かったはずです(日立市では2階は大丈夫だったりでか、津波の犠牲者はなかったそうですが)。なお、ご存知かと思いますが、旧日立電鉄線の跡地は、久慈浜〜大甕〜とバス専用道路になっています(延伸中)。そう言えば、JR大甕駅も70年初頭から大きく変ってますが、駅舎の写真などあればと思ってます。


「懐かしい日本の町並み」のコーナーを新設 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/03/19(火) 02:42:13 [No 6047] URL

新しく「懐かしい日本の町並み」のコーナーを追加しました。
1970年代から90年代にかけて、日本中を巡ったときに撮影した写真をもとにしたものです。
今後は県別にアップしていきます。まずは、茨城県の町から「江戸崎」「境」「玉造」「下妻」など。
上のURLをクリックすると、コーナーの表紙ページにジャンプします。

スマートフォンやタブレットのような、画面の小さい端末にも対応させました。
素人の付け焼き刃のHTML5なので、ところどころにほころびがありますが、大目に見てやってください。


「東京 -昭和の記憶-」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/03/08(金) 00:51:30 [No 6046] URL

「東京 -昭和の記憶-」のコーナーに、「愛宕山西側(虎ノ門三丁目)」を追加しました。
虎ノ門と神谷町の間、愛宕山の西の縁あたりにあった家並みです。
枚数が少ないので1ページ分だけですみません。

上のURLをクリックすると直接ジャンプします。


倉谷鉱山など お名前 駄菓子(部屋主) 2019/03/02(土) 16:07:12 [No 6045] URL

Kojiさん、ごぶさたです!
あのトンネルの途中で人と会ったら驚きますよね!
想像するだに恐い……いや笑ってしまいます。
それにしても、尻屋崎の日鉄鉱業線はまだしも、大嶺のトロッコまで二人とも行っているというのには驚きましたよね。
世の中にこんな人がほかにいるなんて、と当時は思いましたが、最近はネット情報がすぐに入手できるので、山奥の軌道跡まで出かける人がいるようで時代の変化を感じさせます。

ところで、明日3月3日(日)の夜、テレ朝系列の「ポツンと一軒家」で、私が1973年に撮った宮崎県加江田渓谷(家一郷谷)を走る森林鉄道の写真が登場する予定です。
お楽しみに。


倉谷鉱山 お名前 Koji 2019/02/28(木) 22:23:34 [No 6044] URL

駄菓子さん、ごぶさたしてします。

「時刻表にない鉄道を求めて」のネタを一気に大放出ですね。
その中でも、倉谷鉱山が特になつかしかったです。
私も駄菓子さんと同じく、尾小屋鉄道撮影のついでに倉谷口駅から歩いて行ったことがあります。
実を言うと、尾小屋からトンネルで行きかけたものの、途中で暗闇が怖くなって引き返し、倉谷口から向かうことにしたのです。
行ったのは1976年8月ですから、駄菓子さんの1か月後です。
もうちょっと早く行けば、出会えたかも知れませんね。
とはいえ、誰もいないはずの廃坑でばったり出くわそうものなら、トンネルの暗闇よりも心臓に悪そうです・・・。


「時刻表にない鉄道を求めて」がひとまず完 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/02/27(水) 03:27:45 [No 6043] URL

なんと10年近いブランクを経て、「時刻表にない鉄道を求めて」に「落穂拾い・本州編」を追加しました。3ページの長編です。
上野動物園の「おさるの電車」も収録しました。
上の「URL」をクリックすると直接ジャンプします。

これにて、1970〜80年代に撮影した「時刻表にない鉄道を求めて」はひとまず終了。今後は、一部ページのリニューアルはしたいと思っています。


RE^2:片男波 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/02/27(水) 03:24:00 [No 6042] URL

瀬戸内出身さん、放置してしまってすみません。
目の前の仕事に追われてしまっていました。

そうそう、北木島と聞いて、以前行ったなあと思い出していました。笠岡から船に乗って、真鍋島、白石島とセットで訪問したことがありました。
そのときの写真を探してみたのですが、まだポジのまま。まだまだスキャンをしなければならないフィルムがたくさん残っています。


RE:片男波 お名前 瀬戸内出身 2019/01/31(木) 02:51:53 [No 6041]

御多忙にも拘わらず、早速の返信、有難うございます。「片男波が面白い」だったかは良く覚えてません。玉の海のことは覚えています。婚約者がおられたの報道も。「玉」の字が引継がれているのですね。怪我で去る力士の多い中、休場をしたことがなく40歳まで続けると言う点でも、玉鷲に期待したいところです。

ハンドルネームも覚えていて下さって感激です(覗いていても長らく書込んでなく自分自身忘れ掛けてましたし)。ところで、瀬戸内出身とすれば、最近、千鳥の(山本)大悟とノブをテレで良く見掛けるのが楽しみです。大悟は岡山県笠岡市北木島の出身で同郷ですが、北木島には山本や奥田の姓が多いと聞いてます(自分は通りすがりだったし違いますが)。


片男波 お名前 駄菓子(部屋主) 2019/01/29(火) 21:48:41 [No 6040] URL

瀬戸内出身さん、ごぶさたです!
もちろんそのハンドルネームで覚えていますよ。

テレビもスポーツ新聞も、玉鷲の記事がトップかと思ったら嵐ばかり。延々と嵐の記者会見を流すのは、かんべんしてほしいですね。
いろいろ興味深いエピソードもある力士なのに……。

片男波の話題がのぼったのは、うっすらと覚えています。
ただ、「片男波というおもしろい名前」とはいっていないと思いますよ。以前からよく知られた部屋でしたし。

やはり、横綱になったばかりで急死した玉の海が思い出されますね。虫垂炎の手術だったと聞いていたのですが。
玉乃島時代の、技がうまい小兵力士という印象が強く残っています。もう半世紀も前の話になってしまいました。


片男波部屋 お名前 瀬戸内出身 2019/01/29(火) 03:32:48 [No 6039]

お久しぶりです。ご記憶でないかも知れませんし、名前も違っているかも知れません。初場所で玉鷲が優勝しましたが、片男波部屋だそうですね。10年程前だったか、(長崎県出身の)時津海が時津風部屋の親方になった(長崎県の大村湾沿には時津町も)などと書いたところ、部屋主さんが「片男波部屋と言う面白い名の相撲部屋がある」などと書かれて、そう言うのもあったなと思いつつ「片男波部屋」が気になってました。他愛ない話で、このサイトの趣旨に沿うのかも気になりますが。


「東京 -昭和の記憶」に「築地〜湊」を追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/11/18(日) 00:27:22 [No 6036] URL

少し仕事の手が空いたので、いまのうちに続々更新しています。
今回の「東京 -昭和の記憶」は、銀座の東側にあって戦前の雰囲気を残していた「築地〜湊」。昭和の終わりから平成のはじめにかけての写真です。

右上の「URL」をクリックすると、1ページ目にジャンプします。


「蔵出し鉄道写真館」に3本追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/11/14(水) 02:37:07 [No 6035] URL

1年ぶりに「蔵出し鉄道写真館」を更新しました。
1973年7月九州の旅がこれで完結。
今回は、「日豊本線」「日南線、志布志線、吉都線」「高森線、唐津線」です。

こんなスローペースで、いつ終わるのか心配ですが、時間を見て更新していきます。

右上の「URL」をクリックすると、「日豊本線」にジャンプします。


「イタリア町めぐり」に「シャッカ」を追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/11/04(日) 02:38:40 [No 6034] URL

予告通り、「イタリア町めぐり」の追加をしました。

今回は、シチリア南西部の町「シャッカ」。
港に面した丘にびっしりと家が建つ町です。

右上の「URL」をクリックするとジャンプします。


「イタリア町めぐり」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/10/21(日) 03:22:40 [No 6033] URL

久しぶりに「イタリア町めぐり」を更新しました。
今回は、イタリア中南部の地味な州、モリーゼ州の山腹にある昔ながらの不思議な町ペスケです。

右上の「URL」をクリックするとジャンプします。

「イタリア町めぐり」は、時間を見つけてどしどし追加していくつもりですので、お待ちください。


【東京 -昭和の記憶】「京島三丁目」公開 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/07/31(火) 22:34:54 [No 6031] URL

長らくお待たせしました。
「京島」三部作の最後、東京のディープ下町「京島三丁目」をアップしました。
1970年代から80年代の姿と現在を対比しています。
実家のアルバムから、昔の写真も最後に公開しました。
全5ページの大作です。ぜひご覧ください。

上の「URL」をクリックするとジャンプします。


【東京 -昭和の記憶】西早稲田 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/07/17(火) 00:54:18 [No 6029] URL

kaiさま、コメントをありがとうございます!
大日荘というのでしたか。存在感のあるアパートでしたが、道が狭いのでなかなか全体像を撮ることができませんでした。
内部をご存じとはうらやましい。

いまの都電の早稲田電停から面影橋あたりは、名前とは裏腹に昔の面影がほとんどありませんね。


西早稲田の写真についてです。 お名前 kai 2018/07/15(日) 20:58:58 [No 6028]

私は小中学時代、西早稲田に住んでおり大日坂は学校帰りなどによく通っていました。
写真にある長屋風の建物は大日荘というアパートで2階に友達が住んでました。部屋のドアは確か引き戸でした。階段もミシミシ言ってて、当時(70年代後半)でもボロいアパートだと子供ながらに思ってました(笑)。
写真にもある石段に座って怪獣消しゴムやメンコで遊んだ記憶もあります。
2枚目写真奥の「タカノ質店」の電柱の後ろのひさしは駄菓子屋で、ここにもよく行ってました。

うちの親もずっとカメラは持っていたのに風景写真はまったく残していないので、このような貴重な写真を見せていただき、とても懐かしい気持ちです。ありがとうございました。
まだ空き地だらけだった都電早稲田駅には、パンタグラフ方向転換時のバチっという音と火花を見によく行ってました。夕方に見ると綺麗でしたので。


アマゾン書評 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/05/31(木) 07:36:58 [No 6026] URL

あれは元監督さんでしたか。
思わず買いたくなる書評をありがとうございます。
きのうまで、中国山地を走るJR西日本のローカル線に乗ってきました。
昔乗ったときはもっと賑わっていたのにと思いながら、美しい自然もあわせて眺めてきました。廃止になった三江線以外も、かなり危うい感じです。


日本懐かし駅舎大全 お名前 元監督 2018/05/28(月) 12:35:57 [No 6025]

懐かしさ満載の本でした。
Amazonにレビューしておきました。
今回は「ひねた書評」ではないストレート勝負ですよ。


『日本懐かし駅舎大全』発刊 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/04/25(水) 14:40:16 [No 6024] URL

辰巳出版のタツミムック「懐かしシリーズ」の1冊として、このたび『日本懐かし駅舎大全』を制作しました。
あのターミナル駅から知られざるローカル駅、仮乗降場まで、1970年代前後の雰囲気が味わえるよりすぐりの懐かし写真が満載です。

最初は、何枚か写真を提供してキャプションを書く程度かと思って引き受けたら、なんと著者になってしまいました(笑)
というわけで、本文は私が書きました。

カラー写真をメインにしたいとのことでしたので、カラー写真を持っていない駅については、全体の4分の1くらいは、ほかの方の写真になっています。
マニア用というよりは、昔を懐かしむ中高年、そして昔を知りたい奇特な若者(?)のための本になりました。
ぜひご覧ください。

上の「URL」をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。


どうも お名前 駄菓子(部屋主) 2018/02/07(水) 01:26:23 [No 6022] URL

元監督さんらしい、ひねた書評をありがとうございました!
「初老」だけは余計ですが。

細部に集中することで、全体が見えてくるんですよね!
ロシアの経済や政治や歴史を、大上段に構えて書いた本はありますが、下段に構えて(笑)、下から俯瞰(?)した奇書だと思っています。
……なーんて偉そうなことを書くつもりはなかったんですが、つられて書いてしまいました。


『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』 お名前 元監督 2018/02/06(火) 17:35:41 [No 6021]

ありていに言ってしまえば、初老夫婦の旅行記。
何の公共性も歴史的意義もない私小説、絵日記のたぐいだ。

ところがこれが面白い。
軽妙な文章と美しい写真で、思わず引き込まれてしまう。
読み進むにしたがって、自分もこの二人と広大なシベリア大陸横断の旅をしているような錯覚に落ちりさえする。

酒杯を片手に忘我混沌、この錯覚に身をゆだねる快感の心地よさ!
最後はペテルブルクへの日帰り旅行のおまけつき。
至れり尽くせりである。

久しぶりに出会った良書。
著者の駄菓子屋さんには大感謝!!!


『ひたすら眺めていた シベリア鉄道』出来 お名前 駄菓子(部屋主) 2018/01/30(火) 14:07:01 [No 6019] URL

新しい本ができました!
今回は市販の本ではなく、私家版(自費出版)です。
タイトルは、『ひたすら眺めていた シベリア鉄道』
2015年のシベリア鉄道の旅を本にしたもので、日経ビジネスオンラインに15回連載した内容をもとに編集して、プロのデザイナーにデザイン・レイアウトをお願いしました。

ご希望の方にお分けします。
詳しくは、リンク先のブログをご覧ください。
上の「URL」をクリックするとジャンプします。


「京島二丁目」を追加しました お名前 駄菓子(部屋主) 2017/12/06(水) 00:28:07 [No 6018] URL

「東京 -昭和の記憶-」に、「京島二丁目」をアップしました。
上の「URL」をクリックするとジャンプします。


京島 お名前 元監督 2017/11/21(火) 16:07:33 [No 6017]

灯台もと暗し、ってやつですね。
当時写真は文字通り「有り難い」もので、風呂屋の帰り道とか野良猫の欠伸など「あたりまえ」のものは撮らない、って暗黙のしきたりがあったような気がします。
続編、期待しています。


Re: 京島 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/11/21(火) 08:26:31 [No 6016] URL

元監督、おはようございます!
日本のあちこちに出かけて鉄道や町並みを撮ってきた1980年代、ふと自宅周囲を見回して、「こっちのほうがよっぽど珍しい」とようやく気がついて撮り始めました。
夏の夜には軒先で縁台将棋をやっている人や、物干しから花火を見ている人たちなんかがいたのですが、写し損ねてしまいました。
超ディープな「京島三丁目」をお楽しみに。


Re: 都電の写真をお借りしました。 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/11/21(火) 08:23:05 [No 6015] URL

小言幸兵衛さん、ご連絡ありがとうございます。
さん喬師匠は、本所のあのあたりに住んでいたんですね。
師匠の本にある下の記述ですが、24番はちょっと違いますね(笑)
24番は須田町から柳島(福神橋)で、30番が須田町から東向島三丁目でした。

>月島から柳島(福神橋)へ行く二十三番と、須田町から東向島三丁目へ行く二十四番と三十番の二路線が走っておりました。

それでは、引き続きよろしくお願いします。


京島 お名前 元監督 2017/11/20(月) 16:13:47 [No 6014]

ご亭主のホームグラウンドですね。
山の手っ子だった私にとって、この辺は人跡未踏の人外魔境でした。
いかにも昭和の下町って風情が出ていますね。
続編、期待してます。


都電の写真をお借りしました。 お名前 小言幸兵衛 2017/11/20(月) 12:47:07 [No 6013] URL

ブログ「噺の話」管理人の、小言幸兵衛です。

以前、八代目林家正蔵が住んでいた稲荷町の長屋の写真をお借りした者です。
ご無沙汰しております。

11月18日の拙ブログの記事で、貴サイトの都電の写真をお借りしました。
事後になり、誠に申し訳ありませんが、よろしくご了承いただきますよう、お願いいたします。

こちらの記事です。
http://kogotokoub.exblog.jp/d2017-11-18/


「東京 -昭和の記憶-」に「京島一丁目」を追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/11/17(金) 01:02:50 [No 6012] URL

「東京 -昭和の記憶-」に、懸案だった墨田区のディープ下町「京島」のアップを開始。まずは、再開発で大きく姿を変えた「京島一丁目」からです。

上の「URL」をクリックするとジャンプします。

さらにディープ度が高い「京島二丁目」「京島三丁目」についても準備中です。少々お待ちください。


「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/11/12(日) 23:32:22 [No 6011] URL

「蔵出し鉄道写真館」に、1973年7月に訪れた筑豊本線と伊田線の2ページを追加しました。
・筑豊本線 (1973年3月)
・筑豊本線〜伊田線(1973年7月)
よろしく!!
右上の「URL」をクリックすると、「筑豊本線(1973年)」にジャンプします。


「東京 -昭和の記憶-」にページを追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/10/29(日) 18:51:44 [No 6010] URL

「東京 -昭和の記憶-」の「浅草」に、新しく3ページ目を追加。
伯父が撮った戦時中(!)の花やしき(浅草楽天地)の豆機関車、父が撮った昭和30年代の浅草松屋屋上の写真です。
たぶん、かなり貴重です。

上の「URL」をクリックすると、そのページにジャンプします。


「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/05/29(月) 01:19:17 [No 6003] URL

「蔵出し鉄道写真館」に、以下の3ページを追加しました。
・飯田線 (1973年3月)
・武蔵野線開業前後の新松戸 (1973年3月〜4月)
・東武鉄道 (1969年11月〜1973年6月)
おひまなときにご覧ください。


「東京 -昭和の記憶-」に「芝浦〜お台場」を追加 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/05/19(金) 00:28:38 [No 6002] URL

大変、大変お待たせをいたしました。
久しぶりに「東京 -昭和の記憶-」を更新しました。

1975年の芝浦、1989年のお台場海浜公園の様子です。
上の「URL」をクリックするとジャンプします。

まだまだネタはありますのでお待ちくださいませ。


NikkeiStyleトラベル イタリア鉄道旅」 お名前 駄菓子(部屋主) 2017/02/27(月) 20:45:17 [No 6000] URL

今月の記事が公開されています。
ブログにはすでに紹介していますが、今回は「イタリア鉄道旅」と題して、最近の特急列車、ローカル線の新車、客車ごと船に積み込まれるメッシーナ海峡の連絡船、知られざる北イタリアのローカル線を紹介しています。
ン十年前に初めて食べたアランチーノ(ライスコロッケ)の思い出も付いています。

上のURLをクリックするとジャンプします。

現在、次の原稿を必死に執筆中です。お楽しみに。
次回は国内ネタです。


寒中お見舞い&記事のお知らせ お名前 駄菓子(部屋主) 2017/01/28(土) 06:55:44 [No 5999] URL

年末年始も多忙で、すっかり更新もおろそかになってしまいました。
なんとか生きていますのでご心配なく。
今年もよろしくお願いいたします。

これまた遅くなりましたが、「NikkeiStyleトラベル」のサイトで24日に記事が公開されました。
前回は「イタリア路線バスの旅」でしたが、今回は「都会に残る庶民の足 大阪渡し船巡り」です。
上のURLをクリックするとジャンプします。
お時間のあるときにご笑覧ください。


都電(市電)の絵はがき画像あります お名前 しおじん 2016/12/05(月) 17:04:02 [No 5998] URL

はじめまして。
私が集めていた絵はがきの中にも、路面電車が写っているものがいくつかあります。
戦前戦中のものです。
サンプル画像ですが、ご参照ください。


「Nikkei Style→トラベル」に記事が載りました お名前 駄菓子(部屋主) 2016/10/27(木) 13:09:04 [No 5995] URL

こんにちは。ごぶさたしています。
元気にしておりますが、本業が忙しすぎて、なかなか更新できないですみません。
きょう、日経電子版の「Nikkei Style→トラベル」に「不便で楽しい イタリアの田舎 路線バスの旅 」と題して私の駄文が載りました。
おひまなときにご覧ください。
イタリアの路線バスに乗ったときのドタバタ劇が書かれています。
上の「URL」をクリックするとジャンプします。


Re: 立川駅 お名前 駄菓子(部屋主) 2016/06/27(月) 04:26:48 [No 5994] URL

Kojiさん、こちらこそごぶさたしています。
ときどきホームページを見に行ってますよ!
行動力に感服しています。それとも出張のついで?(笑)

で、過分のおほめのことばありがとうございます。
あの当時は、あのようなホームがどこにでもあったし、73系電車も走っていましたが、「そのうち珍しい光景になるだろう」と思ってシャッターをきりました。
(あ、謙遜じゃなくて自慢になってる……)


立川駅 お名前 Koji 2016/06/25(土) 20:50:00 [No 5993] URL

たいへんご無沙汰しています。

「蔵出し鉄道写真館」の立川駅南武線ホーム。地元だけにとてもなつかしかったです。
そうでした、その頃はまだ地下通路でしたよね。
発車ベルの鳴り響く中、あの階段を駆け上がって南武線に乗り込んだ記憶も蘇ってきました。まさに写真の光景そのものです。
何気ない日常をしっかり写真に残していて、さすが駄菓子さんです!


「蔵出し鉄道写真館」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2016/06/19(日) 22:37:40 [No 5992] URL

長らくお待たせしました。

ホームページ「蔵出し鉄道写真館」に、「御茶ノ水駅、東京駅 (1973年2月)」「上野駅付近 (1973年2月〜6月)」「新宿駅、立川駅 (1973年4月〜6月)」を追加しました。

「右上」の「URL」をクリックすると、「蔵出し鉄道写真館」のトップページにジャンプします。


ガリバルディとイタリア お名前 双子の母 2016/04/01(金) 01:24:30 [No 5991]

お返事ありがとうございます。
そうですね、シベリア鉄道旅行記は新聞じゃなくて日経のネット連載(というのでしょうか?)でした。今からお金を貯めて、60歳過ぎて時間ができたら高校時代の友人と女二人で行こうと話しています。そう遠くない将来なのでボチボチ貯金しないと・・・。
ガリバルディの家は引退後に住んでいたカプレーラ島にある家です。ガリバルディに関する本を読んで、最初の奥さんのアニータという、たしかアルゼンチンの人が印象に残りましたが、カプレーラ島の家にはそれらしい人が馬に乗った絵が1枚あるだけでした。新しい奥さんと子どもと住んでいた家なので、当然と言えば当然かもしれません。なぜそんな話をするかと言うと、ローマに行ったら(昨日戻りました)、ガリバルディの大きな銅像がある小高い広場から数百メートルほど車道を降りたところにアニータの銅像があったんです!戦地で亡くなったはずですが、遺骨もその銅像の下に納められているということでした。
歳は取ったけど、私もイタリア語を勉強してみたいと思います。


いらっしゃいませ お名前 駄菓子(部屋主) 2016/03/23(水) 23:59:39 [No 5990] URL

双子の母さん、はじめまして。
シベリア鉄道旅行記を愛読していただきありがとうございます。
(新聞じゃなくてネットですよね)
昔も女性一人で乗っているたくましい人がいましたよ。あくまでも、たくましい人ですが……。

ガリバルディの家というのは、ニースにある生家のことでしょうか。私は行ったことがないのですが、今ではフランス領なんですよね。
イタリア統一の際に、宰相カブールがオーストリアを打ち破ろうと、フランスの支援を受けるためにフランス国境に近い地域を密約で譲渡しちゃったとか。ガリバルディは怒ったけど後の祭り。
だからwikipediaでは気の毒に、イタリア統一の英雄なのに「生誕」の項目にフランス国旗が出ています。

イタリアに行ったのは大学3年生からイタリア語の勉強を始めたため。じゃあ、なぜイタリア語を始めたかというと、話がとっても長くなるのでそのうちに(笑)


シベリア鉄道とイタリア お名前 双子の母 2016/03/22(火) 03:23:13 [No 5989]

はじめまして。
シベリア鉄道とイタリア旅行という私が密かに目標としている場所をどちらもウェブに掲載されているのに驚いて、思わず書き込んでいます。
こちらを訪問したのはシベリア鉄道旅行紀の新聞連載を読んだからですが、イタリアのお話にも心惹かれています。私がシベリア鉄道に興味を持ったのは1990年のことで、そのとき読んだ英字新聞の記事をまだ大切に持っています。そのあとロシア語も少し習ったのですが、ロシア語の先生にシベリア鉄道に乗りたいと話したら、女の子一人じゃ危ないなーと言われました。こちら(英国在住です)ではシベリア鉄道経由で日本へ行ったり、日本からこちらへ来たという人もチラホラいらっしゃるので、おばあちゃんと言われるようになる前には実現させたいです。今回の駄菓子さんの記事も印刷して大切に保存しようと思います。
そういえば、なぜイタリア語を選んで、なぜイタリアに行かれたのか、事始めのような記事を探しましたがありませんでした。ぜひお聞かせいただきたいです。
私は歴史やイタリア絵画やある作家がきっかけですが、ガリバルディの家を船から見たのもきっかけの一つです。ガリバルディの家もちゃんと行きましたよ。この春は初めてのローマ。まずは王道の観光地めぐりからというところです。
長くなりましたが、またゆっくりイタリアの記事を読みにきますね。


こちらこそよろしく お名前 駄菓子(部屋主) 2016/03/14(月) 20:53:41 [No 5988] URL

椎の実さん、初めまして。
私より前からホームページをつくっていらっしゃったんですね。
ゆっくり拝見します。
今後ともよろしくお願いいたします。


初めまして お名前 椎の実 2016/03/13(日) 05:59:37 [No 5987] URL

ちょくちょく楽しく読ませて頂いております。
九州住まいですが、一時期、神奈川に住んでいたことがあり、その時によく乗りに行ってました。
記憶にある車両・景色を見ると懐かしくなります。


シベリア鉄道 お名前 駄菓子(部屋主) 2016/02/04(木) 11:08:52 [No 5986] URL

元監督さん、ごぶさたです。
へえ、全線の車窓ですか。
これがあれば、もう実際に行かなくてもいいかな……なんてことはないですよね。
でも、実際に行く体力がなくなったら、これで我慢するか。


訂正 お名前 元監督 2016/02/03(水) 10:49:19 [No 5985] URL

すみません
URL間違えました


シベリア鉄道 お名前 元監督 2016/02/03(水) 10:47:37 [No 5984] URL

ご店主のシベリア鉄道旅行記、楽しく拝読させていただいています。
ところで、上のURLご存知ですか?
Googleが撮ったシベリア鉄道の全線のビデオです。
(Googleがいったん削除したものを別の人がUPしているようです)


おめでとうございます! お名前 駄菓子(部屋主) 2016/01/02(土) 18:37:06 [No 5983] URL

……というわけで
遅れましたが、明けましておめでとうございます!
いろいろ忙しくて更新もままなりませんが、いよいよ今春からは「東京 -昭和の記憶-」のクライマックスの一つである「京島」にとりかかろうと思っています。

よろしくお願いいたします。


リンクと画像転載の違い お名前 駄菓子(部屋主) 2016/01/02(土) 18:35:43 [No 5982] URL

著作権法上、サイトへのURLのリンクは自由だという解釈が優勢で、私もそうあるべきだと考えていますので、みなさんご自由にどうぞ。
法律上の「引用」の範囲であるならば、文章の一部を使ってくださっても、もちろん構いません。

一方、一部のサイトでは当サイトの画像を無断でコピーペーストしているところを見かけますが、これは法律上問題があります。
出典(URL)を書けばよいというものではないので注意してください。


ご報告ありがとうございます お名前 駄菓子(部屋主) 2016/01/02(土) 18:29:28 [No 5981] URL

革洋同さま、はじめまして!
ご連絡ありがとうございます。
力作のサイト、拝見いたしました。

少しでも参考になって何よりです。
リンクはご自由になさって結構ですので問題ありません。
引き続きよろしくお願いいたします。


私のブログの参考にさせていただきました お名前 革洋同 2016/01/02(土) 15:12:21 [No 5980] URL

はじめまして
「骨まで大洋ファン」というブログをやっております。
「二邑亭駄菓子のよろず話」のhttp://www.dagashi.org/tokyo/shinjuku_se.html
を参考にさせていただきましたので報告させていただきました。
不都合等ございましたらご連絡ください。


「30年の時を超える 大人のシベリア鉄道横断記」 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/30(月) 14:58:07 [No 5979] URL

[No5975]の書き込みでお知らせしたように、上記のタイトルで「日経ビジネスオンライン」に9月のシベリア鉄道旅行記の連載がはじまりました。
週1回くらいのペースで10回あまり続く予定です。
シベリア鉄道の車内・沿線の様子のほか、下車した町の様子(30、34年前との定点比較写真あり)も紹介します。
お時間のあるときにご覧ください。

第1回の記事へは、上の「URL」をクリックするとジャンプします。


製材所 お名前 かじや 2015/11/23(月) 10:52:34 [No 5978]

駄菓子さん
大変お手数をおかけいたしました。

個人の登録で、2件の製材所はありましたが
やはり、現存はないようですね。

貴重な写真、お送りいただきまして、重ねてお礼申し上げます。
ありがとうございました。


製材所 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/22(日) 22:12:51 [No 5977] URL

かじやさん、こんばんは。
メールをいただいたま、お返事を怠っていてすみませんでした。
以前に書いた原稿のため、修正をし忘れていたのですが、
先日フィルムをスキャンしなおしたところ、
「北村製材所」ではなく、「北林製材所」であることがわかりました。すみません。

そこで、一昨日にネットでいろいろと探したのですが、少なくとも釧路にはその名前の製材所は現存しないようです。
場所は、旭橋の東側にあったと記憶していますが、はっきりしていません。それほど町外れではありませんでした。

絵にお描きになるのはご自由になさって構いません。
また、別途メールをお送りします。


製材所を描きたいんですが お名前 かじや 2015/11/22(日) 17:47:56 [No 5976]

製剤所検索で、「製材所のトロッコ」に出会いました。
郷愁漂う佇まいに、惹かれてしまいました。


「北村製材所」で、電話番号を調べましたが、該当番号
がありませんでした(NTT)。 撮影年月が36年前になりますが現存する事業所さんでしょうか。 そうでなければ、貴重な1枚です。

この佇まいを、描い(油絵)てみたくなりました。
どうか、お許しを願いしたいのですが。


シベリア鉄道旅日記 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/21(土) 14:21:27 [No 5975] URL

元監督さん、みなさん
掲載の日程が決まりました。

11月30日(月)が第1回です。
掲載サイトは、去年鉄道本を出したあとで「鉄道マニア×高倉健」を短期連載した「日経ビジネスオンライン」です。
http://business.nikkeibp.co.jp/

お固い記事にまじって、はたしてどうなのか、緊張します(笑)
驚くことに、「日経ビジネス」の本誌にも告知が出るそうです。

「日経ビジネスオンライン」は、掲載直後は誰でも見られます。
一定期間が過ぎると、会員しか見られなくなるかもしれません。
とはいっても、会員登録は無料です。


シベリア鉄道 お名前 元監督 2015/11/19(木) 10:07:24 [No 5974]

3回目ですか、ご苦労様です。
私も先月、往復30数時間ロシアの列車に乗ってきましたが、1晩が限界。
ご店主の旅日記、楽しみに待っています。


Re: 御大典広場 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/17(火) 20:23:25 [No 5973] URL

へえー、元監督は御大典広場の店に入ったことがあるんですか。
私は品行方正な学生だったので、もっぱらマージャン三昧でした。

あの広場は、最後にはずいぶん有名になったから、たくさんの人が写真を撮ったと思うんですが、意外にネットには出ていませんね。

ちなみに、ブログに書いたように、9月に3回目のシベリア鉄道に乗ってきました。
以前教えてもらったモスクワの通りにも行って、新旧比較写真を撮ってきましたよ。
某ニュースサイトに連載する予定なので、楽しみにしていてください。


御大典広場 お名前 元監督 2015/11/17(火) 16:21:03 [No 5972]

不思議な空間でした。
夏になると店が広場まで溢れ出して、半分、屋台のような感じになっていて、そこで紹興酒を飲むのが学生時代の贅沢でした。
さらに上等とされたのが「五十鈴」。妙に長細い飲み屋でした。
「明治・大正・昭和三代の女給がお相手します」だったかな?


コメントありがとうございます お名前 駄菓子(部屋主) 2015/11/10(火) 17:21:56 [No 5971] URL

紋史様、コメント書き込みありがとうございます。
いろいろとあわただしく、お返事が遅くなってしまってすみません。

御大典広場にご実家の店があるとはすごいですね。
荷物預かりの店は、上から6番目の「台北飯店」の写真のなかに、広告看板がうつっています。「きむらや」さんという店ですね。
差し支えなければ、トップページから「作者宛メール」でご連絡ください。

それでは、今後ともよろしくお願いいたします。


懐かしかったです お名前 紋史 2015/11/05(木) 02:06:58 [No 5970]

駄菓子さん、はじめまして。
ネットサーフィンをしていて、こちらにたどり着きました。
東京〜昭和の記憶〜新宿駅南口〜東口の中にとても懐かしい
写真を見つける事が出来ました。二枚目の御大典広場の店々の中に
実家の店がうつっておりました。立ち退きと共に中野区に移転
しましたが。幼い頃は荷物預かりのおばあちゃんのお店があったり
同じ屋号のうどん屋さんがあったのを思い出しました。
何だか嬉しかったです。ありがとうございました。


ありゃ お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/05(土) 13:04:14 [No 5969] URL

ありゃ、そうでしたね。失礼しました。
というわけで、写真と時刻も調整して、こっそり直しておきました(笑)


疑問点 お名前 −JW− 2015/09/03(木) 15:33:21 [No 5968]

こんにちは。 直すんならついでに (^^ゞ

>0:50〜
>いよいよ旧市街の中心部に向かう。

ここも、もうひとつ広場に近い路なような・・角の建物の装飾の付いた古い入り口が目印。
ここは、前に駄菓子さんが教えてくれたんだと記憶してるんですが?


シャッカ冒頭画面 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/03(木) 11:26:12 [No 5967] URL

ああ、そうかー。
サン・ミケーレ(ミカエル)教会らしきものが見えているのはわかったのですが、教会の左側が見渡せる場所がないよなあと思い込んでいたのでした。
手前の建物が増築されて、だいぶ雰囲気が変わっていますね。
あとでブログを訂正しなくては。


シャッカ旧市街 お名前 −JW− 2015/09/03(木) 00:43:49 [No 5966]

こんばんは、駄菓子さん。

>坂がなくてこんな広々とした交差点は旧市街にはなかったような気がする

これって、バディア・グランデ教会前の広場ですよ・・チャッチョ通りへの入り口・・奥にミカエル教会が見えてます。

そのミカエル教会脇の坂道・・ロッカと海の見える崖っぷちの坂道は、ここだろと目星が付いても、降り口までしか行けず、
坂下の道もストリートビューが入ってなくて確認のしようもなく、とても気掛かりな事ではありました。

これで、「借家・借家」と、空襲で焼け出された一家みたいなこともなくなりそうです。
シャッカ特集、ほんとうにありがとうございました。


シャッカ(大尾) お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/02(水) 11:52:50 [No 5965] URL

>>種明かしは次回のお楽しみに。
>はい!「単身移動だからで〜す」に10ジャラスばかし。

いや、単に「次回はロケ地めぐり」なので、味わいのある旧市街の写真は、そちらにまわしたというだけの話です。
もったいぶってすみません。


シャッカ(続) お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/02(水) 11:51:26 [No 5964] URL

シャッカの長距離バス発着所は、なんとこんなところ。
単なる町のバス停という感じで、知らない外国人は絶対にたどりつけないでしょう(笑)
Via Agatocle
37.505868, 13.087720

アガトクレ通りというだけあって、ホテルからの往復は「上がっとくれ」とばかりの坂道だらけ。
ホテルはここ。バス停から重い荷物を600mほど転がしました。
Hotel Melqart
Via Mulini, 16
37.505809, 13.079999

なんと駅があった構内の真裏。
廃止から30年ほど経ったはずなのに、まだ駅の雰囲気は残っていました。


シャッカ お名前 駄菓子(部屋主) 2015/09/02(水) 11:45:52 [No 5963] URL

−JW−さん、ごぶさたです。
ようやく、ブログで去年9月のシャッカまでたどりつきました(笑)
じつは、facebookで写真だけをアップしていたので(全員に公開)、ブログを書く情熱を失いかけていたところでした。

で、例の「誘惑されて捨てられて」タイトルバックのロケ地めぐりも、きのうのブログ記事で書きました。
それにしても、あのタイトルバックの映像は何度見てもいいですね。音楽も哀愁が漂って素晴らしいし。


追跡 お名前 −JW− 2015/09/01(火) 13:45:59 [No 5962]

今日は。シャッカの記事ありがとうございます。

>そういえば、昨年(2014年)秋のイタリア旅行の話が途中だった。

「シャッカへ行くみたいよ」という情報が入ってから1年・・長かった、遠かった。
そりゃあ、シチリアですから仕方ないんですが。

「バスはどこに着くんだろ?」とか「ここへは行くよな!」って想像たくましく。

さて、昨日の記事によると、着いたのはアソコでそのまま坂を下って漁港へ。
高い突堤の上を歩いて「遠景」を撮影。てな具合でしょうか?

次に「駅」へ寄ってからその先の残ってる鉄路を間近に撮影。
「丘上の展望台の展望台」へは階段道を登って広場の中程に。

>種明かしは次回のお楽しみに。

はい!「単身移動だからで〜す」に10ジャラスばかし。


「イタリア町めぐり」更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/07/06(月) 15:09:37 [No 5961] URL

「イタリア町めぐり」を更新しました。
南部カラブリア州でアルバニア文化を色濃く残す、コセンツァ県「チヴィタ」(Civita)の町です。2004年と2006年に訪ねました。

BS日テレの人気番組「イタリア小さな村の物語」で取り上げるという情報が入ってきたので(ホームページでも公開されているので、インサイダー情報ではありません 笑)、勝手にタイアップしてみました。

右上の「URL」をクリックすると直接ジャンプします。


「東京 -昭和の記憶-」一部更新 お名前 駄菓子(部屋主) 2015/05/16(土) 03:40:40 [No 5960] URL

「南青山〜麻布(2)」「六本木(2)」で、それぞれ撮影場所がわからなかった写真1枚ずつがありましたが、情報をいただいて場所が判明しました。
ハシモト様、こすぎ様、ありがとうございました。

現状の写真を撮影して追加しました。


ZEROCGI.