トップページ
イタリア町めぐり

テーモ川にかかる橋の上 地図


 初めての町を訪れるのはうきうきするものだが、そこに同伴者がいると、ちょっと事情が違ってくる。ましてや、それが妻だけではなくて、その母親もいたりすると、かなりの緊張が込められてくる。2008年11月にサルデーニャ島西岸の町ボーザ(Bosa)を訪れたときも、そんな状態であった。

  空港のあるサルデーニャ島北西端の観光地アルゲーロから、南に直線距離で30キロあまり。ボーザは、18~19世紀の町並みが残るおだやかな雰囲気の町である。
  町なかをテーモ川がゆったりと流れ、その北側の小高い丘の上にはセッラヴァッレ城の城砦が残っている。

  この町の見どころの一つは、その丘の上に立ち並ぶ家々の色とりどりな様子だ。年季の入った細長い高層の建物は、外装が原色に塗られ、丘の中腹をぐるりと取り巻くように建っている。テーモ川沿いの白壁の建物も含めて、どこかスペインの町を思わせる。


テーモ川の南側から、旧市街を見渡す。城砦のある山の中腹に、カラフルな外壁の高い家々が並んでいるのがちらりと見える。

*写真にポインタを置くと、旧市街のカラフルな家々を拡大します。

2008.11

テーモ川と市街


 どこかスペインの雰囲気が漂うのも当然のことで、この町は13世紀末から18世紀に至るまでの長い間、スペインのアラゴン王国の支配下にあったのだ。

  町の起源は、紀元前9~8世紀にフェニキア人のつくった集落にさかのぼるそうで、当時の碑文が残っているという。以後は、ローマの支配やイスラムの侵入などを経て、アラゴン=カタルーニャ連合王国の植民地となった。
 19世紀に入ると、イタリア統一を目指すサルデーニャ=ピエモンテ王国の支配下に組み込まれ、1807~21年にはボーザに県庁が置かれていたそうだ。
 ちなみに、つい最近までヌーオロ県に属していたはずだが、いつのまにかオリスターノ県に所属しているのも不思議である。

 まあ、そんな歴史うんちくはさておいて、この町はサルデーニャ島にあって、東側のエメラルド海岸のようなスノッブな保養地というわけでもなく、かといって島の中央部に点在する土俗的な雰囲気あふれた古い町というわけでもない。
 ほどほどに古く、ほどほどに洗練された、落ち着いた田舎町である。


ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通り
▲旧市街を貫くヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りの両側には、18~19世紀の立派な建物が並んでいた。
  2008.11
▼城砦に向かう丘の町では、カラフルな外壁の家が次々に立ち現れる。
  2008.11
カラフルな外壁の家が多い旧市街


 妻と義母とは、アルゲーロから路線バスでやってきたのだが、通ってきた道路がすさまじかった。路線バスの所要時間には、1時間10分のものと1時間40分のものがあって、経由地が違っていたのだ。短いほうは海岸沿いをまっすぐ進むのだが、長いやつは山の上の町を丹念に巡っていく。

 最初のうちは、眼下にアルゲーロの市内を見渡せる絶景の道だということで、同行者とも車窓に釘付けになってはしゃいでいたのだが、山道のカーブがあまりにもきつかった。
  しまいには、3人とも車酔いで気分が悪くなって黙りこくってしまった。

  そして、ようやく到着したボーザだが、バスの終点は何の変哲もない小さな広場。大きな荷物を抱えつつ、広場の名前を周囲の人に聞き、それがガイドブックの小さな地図のどこに当たるのかを探し当てるまで10分以上もかかった。
  ホテルまでは徒歩15分ほどらしいが、タクシーも見当たらない。おまけに、日が沈んで暗くなりかけてきた。やむなく歩いていこうとしたら、今度は義母が「気分が悪い」といってへたり込んでしまった。


城砦のすぐ下からボーザの町を見渡す。左手奥に海が見えるが、そのあたりがボーザ・マリーナの町。砂浜があってヴァカンスの時期には海水浴客で賑わうという。

2008.11

ボーザの町の展望


 結局、広場(ザネッティ広場というらしい)に面した小さなバールで小一時間ほど休憩。バールのくせにタクシー会社の電話番号も知らないというので、私が地図を頼りに町じゅうを駆けめぐって観光案内所を探したのだが、どうしても見つからない。
 やむなくホテルに出迎えを頼んだのだが、今は人がいないと断られ、代わりにようやくタクシー会社の電話番号を教えてもらったのであった。

 そんなわけで、ボーザと聞くとまず思い出すのが、テーモ川沿いの散歩道でもなければ、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りの優雅な町並みでもない。義母が気分を悪くして、薄暗いバールの隅のテーブルでうなだれている姿なのである。


丘の上の家々

丘の上の町では、めったに車が通らないからか、あちこちでネコがのんびりと休んでいた。

2008.11



 翌日の昼過ぎにホテルを出たときには、ホテルの従業員がバス停のあるザネッティ広場まで送ってくれた。チップを出そうとしたが、笑っただけで受け取ろうとしなかった。
  前日の暗い思い出の残るバールで一休みしようかと思って見渡すと、もう一軒、バールというよりは気の利いたビール屋のような店があったので、そちらに入ることにした。

 現われたのは30代なかばと思しき太めの男性。
「へえ、日本からですか。私、日本大好き」
 そんなことをいって、素敵なビールのグラスをプレゼントしてくれた。やはり、女性同伴であるとイタリアでは何かと待遇がいい。

  マコメール行きのバスは、海岸にあるボーザ・マリーナの町を経由する。ヴァカンスの季節には海水浴客で賑わうらしいが、その日はひどい大風が吹き荒れて、打ち寄せる大波が防波堤を越え、行く手の道を水びたしにしていた。

「台風みたい」
 ふとイタリア語でつぶやいてみたら、バスの乗客になぜかウケてしまった。
  イタリアのテレビでも、日本に台風(Tifone/ティフォーネ)が上陸したなんてニュースをやっていたのを見たことがあるから、よく聞く単語なんだろう。
 日本人が台風を持ってきたとでも思ったのだろうか。



●所在地
サルデーニャ州オリスターノ県
●公共交通での行き方
・アルゲーロからサルデーニャ鉄道のバスで1時間10~40分。1日4往復。
・州都カッリャリからマコメールまでバスで2時間。ボーザ行きに乗り換えて1時間。
●見どころ
・テーモ川に沿って広がるのどかな町。
・セッラヴァッレ城とそのふもとにあるカラフルな旧市街の家々。
・バカンスの季節に賑わう海岸の町、ボーザ・マリーナ。

●老婆心ながら
この町は、金銀の線細工、珊瑚製品、木彫りの彫刻などの伝統的な工芸品で有名なのだそうだ。
ボーザ遠景 マコメールに向かうバスの車窓から、ボーザの町が一望できた。 2008.11
2010年1月作成

■「よろず話」トップページに戻る | 「イタリア町めぐり」目次に戻る■