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イタリア町めぐり

ボーヴァ遠景 2006年10月 地図


 カラブリア(カラーブリア)州は古代ギリシャ時代に数々の植民都市が築かれ、その海岸線に沿った地域は、マーニャ・グレーチャ(Magna Grecia--大ギリシャ)として知られている。なかでも、南部のイオニア海側の地域には、いまだに日常会話としてギリシャ語の方言であるグレカニコ(Grecanico)を話す人びとがいる。
  そんな、カラブリアにおけるギリシャ文化の中心となっている町がボーヴァなのだという。そこまで聞いたら行かないわけにはいかない。しかも、標高900mの山の頂上付近にある正真正銘の山岳都市なのだ。ちなみに、ギリシャ語ではVuaと発音するらしい。

 実は、2005年にイオニア海沿岸を走る列車の窓から、ボーヴァの町をちらりと見ることができた。山波の向こうに、凛然とした山岳都市の姿が見えたときの感動は忘れられない。
  そしてその1年後に、レッジョ・カラブリアから普通列車に乗って40分、ボーヴァ・マリーナ駅に降り立ったのである。


町の中心の小さな広場には、小さなバールがあって、ひまそうな数人の男性が昼からビールを飲んでいた。

2006.10

ひげをたくわえた老人

保存されている蒸気機関車

広場の近くに静態保存されている蒸気機関車。もちろん、この山の上の町に鉄道が走っていた歴史はない。くねくねと続く山道を、どうやってこんな大きな蒸気機関車を運んできたのだろうか。

2006.10



 それは、10月とは思えないほど暑い正午過ぎのことであった。当初の計画では、ここから1日3往復のマイクロバス(その後廃止)でボーヴァに向かい、帰りはぶらぶらと3時間ほどかけて下ってこようという計画であった。

  だが、刺すような日射しを見て、あっさりと計画を変更。駅前に書かれていたタクシーの番号に電話したのである。

「ちょうどよかったよ。昼休みで家に帰ろうと思っていたところだったから」
  40代後半と思えるタクシーの運転手は言った。おそらく町にはタクシーがこの1台しかないのだろう。
「それにしてもきょうは暑いね。30度を越えたといっていたよ」

  山道を歩いて下るのをやめたのは正しい判断だった。片道20ユーロはちょっと痛いが、カラブリアの土になるよりはマシである。
 タクシーは、荒涼とした大地のなかを延々と登ること30分近く。ついに眼前にボーヴァの威容が飛び込んできた。
 3時間後に迎えに来てくれることを約して、私はボーヴァの中心にある小さな小さな広場に降り立ったのであった。


山の頂上に位置する城砦は、中心部の広場から仰ぎみると、真上にあるといって過言ではなかった。まさに登山である。

2006.10

城砦を仰ぎ見る


 まずは1軒しかないバールで水を調達。その店の前に、男性が数人、椅子に座ってのんびりとビールを飲んでいた。なかでも目が釘付けになったのが、白いあごひげを長く垂らした風格のある老人。このページの2枚目の写真である。

--うーん、まさにイタリア人離れした雰囲気。これがギリシャの血なのか。
 勝手にそう決めつけて、おそるおそる尋ねる。
「写真を撮ってもよろしいでございましょうか」
  すると、表情一つ変えずに「うむ。よろしい」と一言。

 ひとしきり親父さん撮影会をしたのち、頭の上のほうに見える城砦に登ることにした。日陰を伝いながら、まるでスキー場の上級者コースのような坂道を登っていく。すぐそこに見える城砦まで20分ほどもかかってしまった。


ギリシャ語が併記された看板

町の街路を示す看板。上から、ギリシャ語、グレカニコ(ギリシャ語の現地方言のラテン文字表記)、イタリア語の順に記されている。

*写真にポインタを合わせると看板を拡大します。

2006.10



 町を歩いてまず目に入ったのが、建物や街路の名称を示す看板。上の写真のように、3つのことばで記されているのである。一番上がギリシャ語、下がイタリア語。そして、真ん中にあるのがグレカニコ--つまりギリシャ語カラブリア方言である。イタリア語と同様にラテン文字で表記されているが、発音はギリシャ語とほぼ同じようである。

 また、小さな町にもかかわらず、教会がやけに多い。イタリアのガイドブックによると、いまでもミサはギリシャ語で行っているという。実際に、黒ずくめの司祭の写真をホームページで見たことがある。はたして、カトリックではなくてギリシャ正教なのか、そのあたりはよくわからない。
「夏だったら、教会のなかが見られるんだけど、今は人も来ないからなあ」

 そう言っていたタクシーの運転手は、親切にも帰りに迎えに来るまでに調べてくれていたのだが、やっぱり鍵が開いていないとのことだった。こんな静かな町だが、バカンスシーズンになると、イタリア全土からたくさんの人が訪れるらしい。


町の上部を走る細い道。おそらく、この町でも古い街路の一つなのだろう。

2006.10

町なかの道


 ただでさえ昼休みで人がいない上に、とんでもない暑さ。道で出会ったのは、水道だかなんだかの工事をしていた数人の男性だけだった。
「もしかしたら、山の上は寒いかも」と心配になって持ってきた麻のジャケットが、日除けの役に立ったのには苦笑いするしかない。

  そうして、死ぬ思いをしてたどりついた山の上の城砦からの眺めは、それはそれは見事なものだった。周囲はすべてカラブリアの荒々しい山々。南のほうを見渡すと、はるかかなたにシチリアのエトナ山が見えるではないか。
  風通しのよい岩陰で、しばしその風景に見とれていた私であった。


小さな教会

たくさんある教会のなかでも、かわいくて小さな教会。

2006.10



 ひいこら言って急坂を降りてくると、そこで出会ったのが北イタリアから来たというインテリっぽい中年の男女3人連れ。どうやら、男性一人が案内役のようである。
「なんで、こんなところに日本人がいるの?」と40代後半と見える女性に驚かれた。なんと、彼女の息子が東大の工学部に留学して、先端科学を研究しているのだそうだ。

 どこでこの町の情報を知ったのかと聞くので、「イタリアのインターネットサイトとか……。日本ではほとんどカラブリアの情報がないんですよ」といかにも困ったという表情をして答えると、「イタリアだって同じよ」と笑われてしまった。

  帰りのタクシーでは、イタリアでももうこの付近でしか栽培されていないというベルガモットの畑のそばを通った。ベルガモットのジャムは、独特の苦みが病みつきになる。カラブリア州以外で売っているのを見たことがないので、来るたびに買って帰るのである。


●所在地
カラブリア州レッジョ・カラブリア県
●公共交通での行き方
・レッジョ・カラブリア駅からイタリア鉄道でボーヴァ・マリーナへ40分。駅前からタクシーで20分弱。バス路線はない。
●見どころ
・城砦から見るカラブリアの荒涼とした山並み。
・ギリシャ文化を色濃く残した教会、ギリシャ語をいまだに使う人びと。

●老婆心ながら
かつてボーヴァ・マリーナ駅からバス便があったが、現在は走っていないようである。
城砦からの眺め 城砦からは荒涼としたカラブリアの風景が眺められる。写真右奥には、かすかにシチリアのエトナ山とその噴煙が見える。その手前にある山の上の小さなでっぱりは、ペンテダッティロ(Pentedattilo)の岩山。 2006.10
2010年6月作成

おまけ:
列車の車窓から見たボーヴァの遠景
翌年のボーヴァ行きを決心させた、感動的な町の遠景。ほんのわずかの間、列車から眺めることができた。 2005.11

*写真にポインタを合わせると町の姿を拡大します。

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