バジリカータ州というと、世界遺産になったマテーラがあまりにも有名で、それ以外の町は日本ではあまり知られていない。そんななかで、イタリア人観光客に人気なのがここカステルメッツァーノ(カステルメッザーノ)である。
まるで奇岩に抱かれたかように、家々が斜面にへばりついている様子は、写真で一度見たら忘れられない。私も20世紀のうちにイタリアの観光雑誌で目にして、ぜひ訪ねたいと思っていたのだが、それがやっと実現したのは2016年になってからのことである。
ポテンツァの宿に大きな荷物を置いてきたのは正解だった。一般車は村の入口の広場までしか入れず、村の最奥に位置する宿までは、アップダウンの激しい道や階段を歩くしかなかった。
すでに観光地として有名になっていたので、俗っぽくなっていたら嫌だなと思っていたが、案に相違してすれ違う人びとの素朴で温和なまなざしが印象的だった。
それにしても、この風景を実際に目で見ると、写真ではけっして味わえない迫力を感じることができる。しかも、狭い村ながら、目に入る風景は歩くとともに大きく変化していく。1泊しかしなかったものの、飽きることなく村を散歩していたら、町の親父たちや小学生と顔見知りになってしまった。
カステルメッツァーノを含む一帯は、ピッコレ・ドロミーティ・ルカーネ(Piccole Dolomiti Lucane)、つまり、「ルカーネ地方(バジリカータ州周辺の古名)の小さなドロミーティ」と呼ばれて、州立自然公園に指定されている。ドロミーティというのは、北イタリアにある奇岩の並ぶ観光地としても有名な山脈である。あそこまでスケールは大きくないが、似たような風景だということで、そう呼ばれているわけだ。
以前、ターラントからポテンツァに向かう高速バスに乗っていたときのこと。居眠りから覚めて車窓に目をやると、夕日を背にしてバスに迫ってくるような奇岩が見えて驚いた覚えがある。もしかしたら夢だったかと思ったのだが、このあたりの風景だったのだ。
以前調べたときは、高速道路から離れると、すさまじいカーブが連続する山道を登っていく道しかなかったはずだった。ところが、2016年に訪問したときには、村の北側の山腹にポテンツァに抜ける真新しい近道のトンネルができていた。このおかげで、だいぶ所要時間は短縮されたのだろう。でも、古い道も通ってみたかったので、ちょっと残念でもある。
カステルメッツァーノは、人口が1000人に満たない小さな村だが、素敵なレストランがある。「Al Becco della Civetta」(アル・ベッコ・デッラ・チヴェッタ)という店で、ミシュランガイドに載っているとも知らず入ってみると、サービスも料理も店からの眺めも満点であった。シーズンオフの平日だったからか、広い店内には私たちのほかにイタリア人グループの数人がいるだけ。この村に訪れる人も、多くは日帰りなのだろう。
でも、この高原の村で静かな夜を過ごさず、村人の素顔が見えるすがすがしい朝を迎えないのはもったいないというしかない。