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| マントヴァは、ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェを結ぶ三角形のほぼ中央に位置する町だ。観光都市としての価値は、イタリア国内でもかなり上位にくるはずなのだが、残念ながら日本人の間では知名度が低い。 それというのも、上記の3都市のどこからもほどほどに遠く、鉄道の幹線から外れている。ついでに出かけるには面倒だし、だからといって1日割いてわざわざ訪問するほどではないと判断されているからなのだろう。でも、ここは14~17世紀に栄えたマントヴァ公国の中心地。素通りするには、あまりにももったいない町である。 私は、1985年12月と1996年7月にこの町を訪れたのだが、その2回の印象がまるで違っているのがおかしい。12月のマントヴァは雨がしとしと降り、広場に人影はなく、ただ寒かった(トップの写真がそのときのものである)。しかも、時間が遅くて、目当てにしていたドゥカーレ宮殿はすでに閉館。「なんと陰気な町なんだろう」というのが、そのときの印象なのであった。 |
▼旧市街中心部にあるエルベ広場。時計塔がある正面の建物はラジョーネ宮殿。我ながらいい写真である。 1996.7![]() |
![]() ▲アーチと凝った装飾を組み合わせた、アラブ趣味の家。1階の柱はギリシャ・ローマ風? 1985.12 |
| ところがである。1996年に再び訪ねてみると、あら不思議。あの暗く重々しかった街並みには、さんさんと陽が降り注ぎ、広場ではピンクのクロスをかけたテーブルで、地元の人たちが昼食を楽しんでいるではないか。ドゥカーレ宮殿前の広場(ソルデッロ広場というらしい)ときたら、フリーマーケットらしき会場となって大賑わいである。 やはり、人も町も1回の印象で決めつけてはいけないということを、いい年をして再認識したしだいである。 ところで、町歩きを第一とする私が、なぜこれほどまでにドゥカーレ宮殿にこだわったのか。 |
| 「婚約者の部屋(新婚の部屋)」のフレスコ画は、町の支配者だったゴンザーガ家の人びとを描いたもの。
宗教画を見飽きた目には、カラフルな色彩とリアルな描写が新鮮に映る。
それにしても、こんなリアルな絵に囲まれていたら、夢見が悪いのではないかと心配するのは大きなお世話か。 1996.7 |
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| ところがである。1996年に再び訪ねてみると、あら不思議。あの暗く重々しかった街並みには、さんさんと陽が降り注ぎ、広場ではピンクのクロスをかけたテーブルで、地元の人たちが昼食を楽しんでいるではないか。ドゥカーレ宮殿前の広場(ソルデッロ広場というらしい)ときたら、フリーマーケットらしき会場となって大賑わいである。 やはり、人も町も1回の印象で決めつけてはいけないということを、いい年をして再認識したしだいである。 ところで、町歩きを第一とする私が、なぜこれほどまでにドゥカーレ宮殿にこだわったのか。 それは、この宮殿の中にある「Camera degli sposi -- カーメラ・デッリ・スポーズィ("婚約者の部屋"あるいは"新婚の部屋")」の壁に描かれたアンドレーア・マンテーニャ(1430-1506)のフレスコ画を見るためである。 では、なぜその絵を見たかったのかといえば、以前、東京のイタリア観光協会でもらったポスターに、その絵の一部が描かれていたからである。自分の部屋で、毎日マンテーニャの絵を目にしているうちに、なんとなく親近感がわいてきて、本物が見たくなったというわけだ。 |
▼冬のマントヴァ。ほら寒々としているでしょう。人通りも少なくて。
1985.12![]() |
![]() ▲夏のマントヴァ。ほら明るいでしょう。 広場で食事なんかして。 1996.7 |
| ドゥカーレ宮殿の見学は、約20人ほどが集まった時点でスタートし、ガイド付きで進んでいく。ガイドの女性はイタリア語しか話せなかった。「質問はイタリア語のみ受け付けます」とイタリア語で言っていたっけ。 さて、あちこちの部屋を引き回されたのち、私たちのグループは、ようやく「婚約者の部屋(新婚の部屋)」にたどりついた。 グループはさらに2つに分けられ、見学時間はそれぞれ約10分。これもイタリアの至宝を守るための措置である。 そして、さんざんじらされたあとで、私の目に飛び込んできた絵は、想像していたものよりもはるかに生き生きとして鮮やかなものであった。 限られた時間の中で、私はそのフレスコ画をなめるように見た。そして、グループの誰よりもあとに部屋を出ていったのである。 「ああ、満腹。とうとう思いがかなったぞ」 私は幸福感に満たされて宮殿の正面に戻ってきたのである。そして、正面広間の脇にある小さな土産物売場に足を踏み入れた。陳列されていた写真集の表紙が目に入った。 私は愕然とした。 「ああっ、天井に描かれた天使を見るのを忘れた!」 こうして、私はもう一度マントヴァに行かなくてはならなくなったのである。 |
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●所在地 ロンバルディア州マントヴァ県(県都) ●公共交通 ・ミラノからボローニャ方面行きでコドーニョまで約50分、マントヴァ行き(日中30分~2時間おき)に乗り換えて約1時間10分。直通列車もある。 ・ミラノからヴェネツィア方面行きでヴェローナまで約1時間半、モーデナ行き(日中30分~2時間おき)に乗り換えて約40分。 ●見どころ ・見どころは旧市街の中心部に集中。ただし、テ宮殿やマンテーニャの家は中心部から1キロあまり南。 ・ドゥカーレ宮殿にある「婚約者の部屋」のマンテーニャのフレスコ画はやはり必見。 ・ポー川の支流ミンチョ川のつくる湖が、この町の三方を取り巻くのどかな風景にひたるのもいい。 ●老婆心ながら マントヴァは、豊かなイタリア北部の中でも、とりわけ所得が多い町として統計にしばしば名前が出てくる。 |
![]() 新聞・雑誌の売店「キオスコ」。もちろん、「キオスク」と語源は同じである。古典的な形のものが残っていた。 1996.7 |
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