フリウリのドロミーティと呼ばれる山脈のふもとに、ポッファブロの小さな村がある。
I borghi più belli d'Italia(イタリアの最も美しい村)協会に加わっている自治体の一つというので、2008年夏の北イタリアめぐりの旅程に加えることにした。
場所は、鉄道駅やバスターミナルのあるマニャーゴ(Maniago)から北へ7kmほどのところ。バスの時刻もわからずに、ウーディネからバスに乗ってマニャーゴの小さなバスターミナルに降りたち、バールのお兄さんに翌日のボッファブロ行きのバスの時刻を尋ねた。
「6時55分、11時55分、18時30分。どのバスも終点に着いてすぐ折り返してくるから、6時55分ので行って、11時55分の帰り便で帰ってくるしかないなあ。ハッハッハ」
気のよさそうな彼は、壁に貼ってある時刻表を指さして教えてくれた。2020年現在は本数が増えているようだが、当時はその3往復しかなかったのだ。
朝の6時55分! しかも現地に5時間もいなくてはならない……。さもなければ7キロを歩いて帰るか……下り坂のはずなので荷物を持たなければ無理な距離ではないが、この夏の暑さは格別で、命にかかわりそうだった。
「タクシーもあるよ。バスだと1ユーロ20セントだけど、タクシーだと20ユーロなんだけどね」とお兄さんは付け加えた。
翌朝、小さなホテルの朝食も食べず、荷物だけを預けて、マニャーゴ発ポッファブロ経由フリザンコ(Frisanco)行きのバスに乗るべくバスターミナルに向かった。
「こんな村でも旅行ブームで賑わっているんだろうなあ」
そう思っていたら、さにあらず。マニャーゴのバスターミナルには待ち人が一人もなく、発車時間近くになっても乗り場にバスがやってこない。そろそろ心配になってきたころ、乗り場のホームから5mほど離れた場所に停まっていたバスがエンジンをかけた。
あわてて、閉じているバスのドアに駆け寄った。運転士も乗客がいるとは思っていなかったのだろう。しかも、見慣れぬ東洋人である。ぼんやりしていたら、危うく乗りそこなうところだった。
前置きが長くなったが、そうしてたどりついたポッファブロは、山ふところに抱かれたかわいい村という感じだった。アルプスの村によくあるように、家々の窓は花で飾られ、住宅には木材が多く使われているのが目をひく。
そして町なかは坂道だらけ。とくに幅が狭くくねくねした道が続くポッファブロは、アッシージの裏道をちょっと思い出させた。
おもしろかったのが、そんな裏道を歩いていくと、いつのまにか家の中庭に入り込んでしまうこと。しまったと思ってよくよく見返すのだが、どう見ても公道なのだ。気を取り直して歩を進めると、中庭に面したベランダには洗濯物が干してあったりする。
それにしても、7時をちょっとすぎた田舎の村である。クルマで来る観光客もいないし、地元の人も2、3人見かけただけ。バールでちょっと休もうと思っても、中心部の広場で1軒だけ見つけたバールも開いていない。ときにネコとたわむれながら、ひたすら村の中をさまよい歩くだけであった。
「いくら美しい場所でも、さすがに5時間もここにはいられない」
しかたがないので、バスの終点となっている隣の村まで歩いていくことにした。
隣村といっても、東に向かって20分も歩いたら着いてしまうフリザンコというところである。あとで知ったことだが、このポッファブロはフリザンコのコムーネ(自治体)に属しているのだそうだ。
とにかく時間はありあまるほどあるので、ゆっくりゆっくり、右を見て、左を見て、きょろきょろしながら歩いていくことにした。
おかげで見つけられたのが、下の写真である。村の入口にあった看板だ。正面奥に見える建物群がポッファブロの中心部。
看板に書かれた2つの地名のうち、上に書かれている「POFFABRO」は標準イタリア語の綴りであり、その下に書かれている「POFAVRI」が、この周辺のポルデノーネ県やウーディネ県で話されているフリウリ語である。「ポファヴリ」と読むのだろうか。
このあとに訪れたフリザンコも素敵なところだったので、そのうちに紹介したいと思っている。