シラクーザのドゥオーモ 2007/11 町の位置

1981年、大晦日のシチリア。私は、カターニャから南に向かう列車に乗り、車窓から見えるエトナ山の姿に見とれていた。
 6人がけのコンパートメントには、私のほかには70過ぎと思われるおばあさんが一人。私がイタリア語を話せるかどうかを確かめることもなく話しかけてきた。
「どこまで行くんだい?」
「シラクサまで」
  そう私が答えると、やや間があって彼女は納得したように言った。
「ああ、シラグーザか」
 イタリア語の初心者だった私は、語尾から2つ目の音節にアクセントをつけるという基本的な法則を忘れていた。しかも、母音にはさまれた「s」は濁るという原則も忘れていた。


運河から見た旧郵便局の建物▲本土とオルティージャ島を隔てる運河を船が行く。正面の旧郵便局は、改装されて高級ホテルに生まれ変わった。
2014/09


だから、少なくとも標準語では、Siracusaはシラクーザと発音しなくてはいけなかったのだ(ただし、濁らないことも多く、人によっても差かあり、この町もシラクーサとも呼ばれることが多い)。だが、「cu」はどう考えても「ク」であって「グ」にはならない。
 でも、思った。
──シラーザか、田舎っぽくていい響き!
 まだ20代なかばだった私は、老婆の一言を聞いて、はるばるシチリアまでやってきたという感慨にふけったのであった。


シラクーザ港▲運河の本土側。かつてはここまで鉄道が通じており、この海上警察の建物は、かつてのシラクーザ港駅だった。
2007/11


当時、シラクーザ観光といえば考古学地区にあるギリシャ劇場跡やデュオニソスの耳と呼ばれる洞窟が有名であり、私も駅に荷物を預けてはるばる歩いて訪ねたのであった。
  確かに遺跡も素晴らしかったのだが、何にも増して強く印象に残ったのは、駅の南東方向にあるオルティージャ(Ortigia)島である。 実は、この島こそが旧市街なのだ。
 12月とは思えない日射しの中を、駅から歩くこと20分。30mほどの狭い水路を渡ると、そこには別世界が広がっていた。くねくねと曲がる狭い路地、すすけた家々の壁、ほこりとゴミにまみれた道路、生臭いにおいが漂う市場……まさに、絵に描いたような魅惑的な旧市街であった。



▼オルティージャ島の東海岸は、西海岸とは違って一般住宅が続いている。 2017/09 島の東海岸

オルティージャ島の路地 ▲ドゥオーモのすぐ南側には、静かな裏通りが伸びている。2017/09


そのとき──1981年12月31日のシラクーザの町の様子を撮ったのが、下の4枚の写真である。


1981年 大晦日のシラクーザ

1981年のシラクーザ駅 1981年のシラクーザ新市街ウンベルト1世通り 1981年のオルティージャ島 1981年のオルティージャ島の市場

ギリシャの植民市として発達したシラクーザは、かの有名なギリシャ人数学者アルキメデスが住んでいた町でもある。彼が風呂場で「アルキメデスの原理」を発見して、喜びのあまり「エウレカ!(=ユリイカ/わかった)」と叫びながら、裸で走りまわったという伝説が残るのがこの町なのだ。
 オルティージャ島の中央には、彼にちなんで、アルキメーデ広場(アルキメーデは、アルキメデスのイタリア語読み)がある。 私もアルキメデスにちなんで、この町では、歩き愛でることにした。 狭いから十分に歩けるのだ。


11月だが、路地の上には洗濯物に交じってクリスマスの飾りつけが設置されていた。 2007/11 オルティージャ島の昼の路地

オルティージャ島の夜の路地 ▲観光客が増えたオルティージャ島は、レストランも増え、夜になっても賑わっている。2017/09


2007年秋、26年ぶりに訪れたオルティージャ島は、ずいぶんこざっぱりとして、ささやかなリゾートという雰囲気を漂わせていた。
 ほこりっぽくて異臭のした路地も、きれいに清掃されて土産物屋やバール、レストランが軒を連ねている。 アルキメーデ広場の近くには、ブランドものの服がショーウィンドウに飾られていたのがまぶしかった。


夜のドゥオーモ前広場▲夜のドゥオーモ広場。小さなオルティージャ島の中央につくられた、広々とした空間が心地よい。
2017/09

貧乏旅行だった1981年には、午前中にやってきて、日が傾く前には次の町に移動してしまっていた。当時は、短い時間にたくさんの町を巡ることが最優先だったのだ。 2007年に訪れたときには、窓から海の見える、かわいいホテルで3泊もしてしまった。交通機関のストライキがあったことも理由の一つだけど……。
「当時も、この町に泊まってみたら、さぞかしおもしろかっただろうに」 2日続けてウニのスパゲッティを食いながら、私はちょっとセンチメンタルな気分になったのであった。

 2007年には、たまたま結婚式当日に居合わせたことから、レストラン「カンブーサ」の女主人ナオコさんと知り合うことになり、その後も町を訪ねるようになった。


●所在地
シチリア州シラクーザ県(県都)
●公共交通での行き方
・カターニャ中央駅からイタリア鉄道で1時間半。比較的頻繁。トリノ、ミラノ、ローマ、ナポリ方面からの直通列車もある。
・カターニャから高速バスで約1時間半。頻繁。カターニャ空港経由の便もある。

●見どころ
・ほどほどのリゾート感覚が楽しめるオルティージャ島ののどかな雰囲気。
・本土側の考古学地区に残るギリシャの遺跡。

●老婆心ながら
宿泊するならオルティージャ島がお勧め。レストランでは海産物が豊富。シラクーザ中央駅横のバスターミナルからオルティージャ島の中心(アルキメーデ広場)までは約1.5km。ミニバスが走っている。

オルティージャ島の市場 2017/09

2008年7月公開
2019年4月更新(写真追加、モバイル対応)


シラクーザ写真ギャラリー

オルティージャ島の西岸 オルティージャ島から本土側を望む オルティージャ島を望む
オルティージャ島の裏通り シラクーザ駅横に置かれた蒸気機関車 考古学地区ギリシャ劇場
ドゥオーモ オルティージャ島の路地 オルティージャ島の路地 考古学地区ディオニソスの耳

■トップページ「イタリア町めぐり」表紙■

Copyright (c) Takashi FUTAMURA