金屋口の車庫にて。左はキハ07206、右はキハ58001。 金屋口の駅は、左の線路の奥。 1980.1 |
---- 名産のみかんを運んでいた小鉄道 ---- 有田鉄道は、紀勢本線の藤並駅と内陸側にある金屋口駅とを結ぶ5.8kmの短い私鉄であった。 訪問:1980年1月 |
有田鉄道の藤波駅は、国鉄紀勢本線藤波駅のホームに間借りしているという感じだった。発車を待っているのは、富士急行から来た両運転台のキハ58003。 1980.1 |
当時在籍していたキハ58は3両。うちキハ58003は両運転台のため、1両で運行できるという利点があり、これが主力として使われていた。終点の金屋口にて。数人の乗客はあっという間に駅を出て、駅はすぐに静かになってしまった。 1980.1 |
金屋口駅の車庫に並ぶ、キハ07206とキハ58001。キハ58は、両運転台の003のほかに、片運転台の001と002が在籍していた。3両とも、富士急行からやってきた車両である。 1980.1 |
正面2枚窓の湘南型気動車キハ205の廃車体。バックの貨車の形式は、ワム70000と記されている。 1980.1 |
金屋口の車庫に放置されているキハ07207。上にある写真のキハ07206の反対側から撮ったもの。左端に金屋口のホームの端が見える。 1980.1 |
結局、有田鉄道に乗ったのは、この一度だけだった。1週間で、紀伊半島を例によって早足で駆け抜けた旅行であり、紀州鉄道や野上電鉄でも撮影。鉄道以外でも十津川や五ヶ所湾をまわり、奈良に立ち寄って当麻寺を見て竹内街道を歩くという、今から考えるとムチャクチャなハードスケジュールだった。 2012年8月作成 |
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