トップページ
私鉄ローカル線
タイトル

大館駅のキハ2100形
大館駅に停車中のキハ2100形。
小坂鉄道の駅は国鉄の駅前にあった。 1986.9

---- 賑わいの鉱山町に向かう鉄路 ----

 小坂鉄道は、小坂鉱山で採掘された銀、銅、亜鉛などを国鉄奥羽本線の大館駅まで輸送するために敷設された22.3kmの路線だった。
 開通は1908(明治41)年。軌間762mmという狭軌の非電化鉄道として開通したが、その後、戦争をはさんで電化。1958年には同和鉱業の傘下に入った。
  そして1962年には、輸送力増強のために1067mmに改軌されたが、同時に電気運転を廃止して、再び非電化路線となったのが興味深い。

小坂鉄道路線図

 私が訪ねた1986年には、すでに旅客列車は1日4往復に減ってしまっていた。そのために、まず全線を乗ることが主目的となり、まともな走行写真を撮っていないのが残念である。貨物列車はそれなりに走っていたかもしれないが、これもまた撮らずじまいに終わってしまった。わずかな写真ではあるが、ご覧いただきたい。

訪問:1986年9月


小坂鉄道の大館駅 小坂鉄道の大館駅は、国鉄大館駅の駅前にあった。線路はつながっていたが、駅舎は独立していた。
1986.9


ずいぶん山の中を走るんだなと思っているうちに車内でうとうと。いつのまにか終点の小坂駅に到着していた。

1986.9
小坂駅

小坂駅 小坂駅の駅舎内から撮ったのだが、かなり露出不足になってしまった。
1986.9

小坂駅の遠景。これもまた、かなりの露出不足になってしまった。現代のソフトの力でかろうじてここまで見られる写真になった。
このあとは、小坂の町めぐりを始めてしまったので、鉄道の写真はないのだった。

1986.9
小坂駅

大館駅に到着するキハ2100形
大館駅付近の踏切にて。小坂からやってきた2両編成の列車が、まもなく終点に到着するところ。

1986.9

 小坂の駅に着いたばかりの時点では、大館から深い山を越えて、はるばるやってきたという印象だった。ここが鉱山で栄えた町ということは知っていたが、山奥のちょっとした村くらいに考えていたのだが、それは浅はかであった。
  町を歩く私の目に飛び込んできたのは、近代的な洋館、花道のついた大きな芝居小屋など、立派な建造物の数々。この町が、かつては驚くほど栄えていたことが20歳の若造にもすぐに理解できた。

  もっとも、すぐに町めぐりをはじめてしまったために、小坂鉄道の車両をじっくりと観察・撮影する機会を永久に失ってしまったのは不覚であった。旅客用の車両は、平凡なディーゼルカーが何両かあるだけだったので、あまりじっくり見ようとしなかったのである。貨物用の電気機関車や貨車は、いくらでもあったはずなのだが。

 その後、1989年には同和鉱業から分社化された小坂製錬の小坂鉄道となったが、1994年に旅客営業を廃止。しばらくは貨物線用鉄道として濃硫酸の輸送を行っていたが、2008年に運行を終了し、翌2009年に正式に廃止となった。

2011年1月作成


 


   

■「よろず話」トップページに戻る | 「私鉄ローカル線」表紙に戻る■