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蔵出し鉄道写真館
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八高線 高崎第一機関区、八王子機関区 (1970年2月)


高崎第一機関区のC11 高崎第一機関区のC11
 

前年の夏に訪れた高崎第一機関区を再訪。このときは、同級生の友人2人と行ったと記憶している。機関区では慣れたもので、事務室に行って住所・氏名を書いて許可をとった。
ちなみに、高崎第一機関区は蒸気機関車、第二機関区は電気機関車を中心に配属されており、第一機関区は駅の北東方、現在の新幹線ホームのあたりに位置していた。

そのあとで、八高線に行って、最後に八王子機関区を訪問するという計画だ。
上の2枚の写真はC11。主に構内の入れ換えに従事していたようだった。左が大型の前照灯をもつ346号機、バックの木造の建物もいい感じ。右はシールドビームの264号機である。


高崎第一機関区のD51 高麗川駅のC58
 

左は2両のD51(259号機と140号機)の並び。まだまだ当時は、D51など珍しくもなんともなかった。

高崎第一機関区での撮影を終えて、八高線のディーゼルカーに乗車。降りたのは高麗川駅である。現在では電化されて、中央線から直通電車まで運転されている駅だが、このときはC58牽引の貨物列車が出迎えてくれた(右の写真)。

高麗川~東飯能のD51 東飯能駅南方のD51
 

そして、高麗川駅から東飯能方面に向けて歩きながら、貨物列車を写そうという予定である。八高線の旅客列車はすべてディーゼルカーだったが、貨物列車はほとんどがC58かD51の牽引。ディーゼル機関車はごく一部にあるのみだった。

左の写真は、なんでわざわざすすき(?)を正面に重ねたかと思うのだが、もしかすると、あえてそれを狙ったのかもしれない。なんせ、平凡じゃない写真を撮ろうしていたから。
右の写真は、東飯能の金子寄りあたりではないかと記憶している。すさまじい迫力で機関車が迫ってきた。この直後、われわれが煙まみれになったのはいうまでもない。

入間川橋梁を渡るD51牽引の貨物列車 入間川橋梁を渡るD51牽引の貨物列車
 

この2枚は、東飯能~金子にかかっている入間川橋梁。今でも有名な撮影地の一つである。逆向きのD51が6両のホッパー車(石灰石輸送)を引いてやってきた。
右の写真は、半逆光がかえって煙をきれいに描き出してくれた。
のどかな冬の日の一コマである。

金子駅北方の切り通し 金子駅
 

そして、金子駅北側の切り通し。上り勾配を、黒煙をもくもくと上げてやってくるのはわかっていたが、せっかくだから変わったアングルで撮りたいと思ったひねくれものの私。切り通しの上から狙ってみた。なかなかギリギリのシャッターのタイミングであった。
この直後、煙だらけになったのはいうまでもない(こればっかり)。
右の写真は、金子駅のホーム。八王子行きである。駅長さんがタブレットを持っているのがわかる。右端では、同行の友人が写真を撮っている。都区内に住んでいる人間にとって、ディーゼルカーも珍しかった。

八王子機関区のED61 八王子機関区の倉庫代用ナエ2701
 

そして、やってきた八王子。ここでも機関区におじゃまして写真を撮った。たくさん撮ったなかから、左はED61(17号機)。中央本線の貨物列車に使われた機関車で地味な存在なのが、一部のファンには人気があった。
右は珍品の救援客車ナエ2700(2701号車)。すでに車籍はなく、入口に階段を取り付けているところから見ると、倉庫代用となっていたようだ。

八王子機関区のD51
 

そして、八王子機関区内のD51。ナンバーをよく見ると140号機。つまり、朝高崎第一機関区で撮った車両である。われわれを追い抜いて八王子にやってきたのだった。
このとき、機関庫内にはピッカピカのDD51が出番を待っていた。残りあとわずかの八高線の蒸気機関車である。

それにしても、この写真は3人のバランスがなかなかいい。中学1年生にしては上々の雰囲気の写真である。

2010年7月作成



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