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東京 -昭和の記憶-
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タイトル
 

 武蔵野の井の頭池に源をもつ神田川は、江戸時代に神田上水として利用するために改修が行われた結果、下流部分では江戸川橋付近で分流され、飯田橋を経て外堀の一端を担い、隅田川に注ぐ形となっている。
 今回はそんな神田川のごく一部、飯田橋~大曲~江戸川橋の近くにあった町のつい最近の姿である。

 メインは隆慶橋の近くに開けていた商店街である。旧町名では江戸川町、諏訪町あたり。現町名では後楽二丁目の一部。東京ドーム、小石川後楽園の西側にあたる。
 飯田橋駅方面から歩いてきて、隆慶橋で神田川を渡ると、活気に満ちた商店街が、諏訪神社のほうまでずっと続いていた。

 そんな町も、2000年の飯田橋ファーストビルの完成で商店街のほとんどの店が姿を消し、2007年の都道放射25号線の牛天神下~新隆慶橋の延長によって完全に過去のものとなった。

*写真にマウスポインタを置くと、同じ場所の2011年の写真が見られます。


隆慶橋近くのたばこ屋

神田川を渡る隆慶橋の上から、小石川後楽園方面を望む。
商店街(後楽商栄会)は、この道から途中を左折して400mほど続いていた。
それにしても、このタバコ屋の「塔」はどうだ。平凡な町並みのなかで異彩を放っていた。

*下の写真には現在との比較はありません。

1990.7(2011.5)

 

隆慶橋近くのたばこ屋の塔

隆慶橋近くの商店街

上の写真の道を20mほど進んで振り返ったところ。たばこ屋の塔が写真中央に見える。 奥の高架橋は、神田川の上にかかる首都高速道路。
住所は後楽二丁目。旧・江戸川町である。

1990.7(2011.5)


上の写真の右側にある一角に、こんな路地があった。川喜といううなぎ屋。

1993.8(2011.5)

路地のうなぎ屋

安藤坂米店

通りを商店街で曲がらずに、突き当たってから左折。都立文京盲学校の向かいあたりにあった安藤坂米店。
今では、一帯すべてが飯田橋ファーストビル になってしまった。

*下の写真には現在との比較はありません。

1990.7(2011.5)

 

安藤坂米店

 


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