タイトル
1986年7月 千代田区富士見にて
2015.5.12 更新

 1970年代から90年代はじめにかけて、東京のあちこちを散歩して、おもにモノクロフィルムで町並み、家並みを撮ってきました。
 当時は、まだまだ町のそこここに、古きよき「東京」が残っていたような気がします。ここでは、そんな写真を少しずつ公開していこうと思います。

(上の写真は1986年に千代田区富士見で撮影したものです。この木造家屋も2009年に取り壊されてマンションに姿を変えました)

・過去の写真を古臭く見せるために、わざとモノクロに変換したと誤解している方がいらっしゃるので、このページの下のほうに、モノクロである理由を簡単にまとめておきます。


目  次
富士見 大神宮通り 神田駿河台~猿楽町 女坂
日光街道 千住宿 中山道 本郷追分~白山下
湯島界隈 六本木
十条台~十条仲原 神田淡路町~小川町
恵比寿~渋谷 根岸界隈 (同潤会鴬谷アパート)
谷 中 新宿駅南口~東口
中山道 西巣鴨~板橋 京橋~銀座一丁目
牛込 大久保通り 茗荷谷駅界隈
南青山~麻布 浅 草
神保町界隈 (九段・竹平住宅) 京成関屋・東武牛田駅
目白台~高田 羽田 弁天橋あたり
旧東海道 品川宿 小石川柳町~初音町
総武線 両国~新小岩 汐 入
西早稲田 東上野
千駄木 代々木上原~駒場
墨堤~向島界隈 押上~業平橋 (同潤会中之郷アパート)
浅草橋 鳥越~馬喰町 飯田橋~江戸川橋 神田川左岸
根 津 西日暮里~日暮里
秋葉原~神田(須田町地下鉄ストア) 雑司ヶ谷
有楽町~銀座 丸の内~日本橋
月島~佃島 板橋 大門 new!

・このサイトの古い写真が、おもにモノクロである理由
1. 自分でフィルムの現像・引き伸ばしをしている写真好きにとって、1980年代に入っても、常用するフィルムはモノクロでした。カラーの現像・引き伸ばしは温度管理が非常に難しく、印画紙や薬品の価格もケタ違いでした。
2. ネガカラーフィルムは発色、粒状性、保存性が悪く、カラーで撮って後世に残すか出版するならポジカラー(スライド用フィルム)しか選択の余地がありませんでした。しかし、ポジフィルムは価格が非常に高い上に、ラチチュードもひどく狭かった(露出の許容範囲が狭い)のです。
3. 私のなかでは、ポジカラーは旅行に使うよそいきのフィルムという位置づけ。でも、ラチチュードが狭いので町並み写真には向きません。コントラストがつきすぎて、道路の日陰側にある建物は真っ暗になってしまうのです。
4. モノクロフィルムは、量販店で500ft.の長尺フィルムから詰め替えた非常に安いものが購入できたので、学生の分際でもいつもカメラに入れて常用できました。値段を気にせずに気軽にシャッターが押せたので、これだけの記録が残せたと思ってください。カラーならば、フィルム代・現像料金を心配しなくてはいけないので、この10分の1も撮れなかったでしょう。
5. 当時の写真集やカメラ雑誌を見ればわかるように、1980年代なかばまで、本格的な写真はモノクロがまだ主流でした。カラー印刷技術が進歩していなかったのと、高精細なモノクロフィルムの技術が成熟していたためだと思います。
6. その他、モノクロの表現力の素晴らしさや、人間が対象を見るときは色よりも形に目が行くとかいう話も書きたいのですが、長くなるのでこのあたりで。


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