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東京 -昭和の記憶-
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タイトル 
 

 東京の下町に生まれ育った私にとって、山手線の向こう側は大学生になるまで未知の土地であった。池袋、新宿、渋谷を一歩西側に出ると、もうどこをどう進んでいるのやらわからないありさまだったのだ。
 だから、あまり写真を撮っていないのだが、それでもネガをひっくり返してみると、興味深い写真がいろいろと見つかった。

  そんななかで、今回は渋谷区と目黒区と世田谷区の区境あたりをまとめてみた。かなりいい加減なくくりであるが、小田急線の代々木上原からずっと南下して東大の駒場構内までの1970年代後半の様子である。
 山手通りも井の頭通りもまだ拡幅されておらず、道の両側には商店が建ち並んでいた。まだまだ昔のままののんびりした風景を見ることができた時代である。もっと写真を撮っておけばよかったと思っても、もう後の祭りである。

*写真にマウスポインタを置くと、同じ場所の2010年の写真が見られます。


代々木上原

今を知る人には信じられないかもしれないが、代々木上原駅のすぐ南を走る井の頭通りに、こんな板壁の家が並んでいた。右の家には、「渋谷区上原一丁目13番」と記されている。
古い家がそのまま残っていたのは、拡幅工事がすでに予定されていたからだろうか。

1978.4(2010.5)


上の写真から50mほど後退して撮ったもの。この年の3月に地下鉄千代田線が代々木上原まで開通している。
今では、井の頭通りも拡幅されて、昔の面影はまったくない。

1978.4(2010.5)

代々木上原

上原二丁目西交差点

トップの写真のすぐ近くにある上原三丁目の交差点から、上原仲通り商店街を500mほど南下。東大先端技術研究センターに突き当たったところにある上原二丁目西交差点である。
立派な商家づくりの家は、三河屋精米店。その先に、飲食店やクリーニング店、自動車修理工場が並んでいた。

1978.2(2010.5)


東大先端技術研究センターの西側。世田谷区が目黒区に接するあたりに、ひそやかな谷間がある。そこに向かう細い道は、今も階段となって続いている。
住所は代沢から北沢にかけて。この写真は、代沢二丁目である。

1978.2(2010.5)

代沢二丁目




▼北沢一丁目の狭い路地はまだ舗装されていなかった。左側が、東大先端技術研究センターである。
 1978.2(2010.5)

北沢一丁目
北沢一丁目

▲上の写真の谷間を左折したところにある路地だ。この写真では、塀の右側が東大先端技術研究センターに当たる。
 1978.2(2010.5)

 


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