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東京 -昭和の記憶-
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タイトル 
鳩の町商店街

鳩の町商店街。かつては遊里として知られていた。東京大空襲で焼け残ったため、焼失した玉ノ井あたりから遊廓が越してきたのが起こりという。現在の東向島一丁目の一部である。
写真を撮ったころは、こうした割烹着のおばさんが似合う庶民的な町になっていた。

1982.2(2010.9)


鳩の町商店街は、今では昭和レトロを感じさせる町として人気を呼んでいるらしい。
2010年現在、左奥の「魚政」は、看板こそ取り外していたが健在。手前の瀬戸物屋も営業していた。

1986.3(2010.9)

鳩の町商店街



▼鳩の街からやや北側、東向島一丁目19番あたりの路地である。道幅が広がってずいぶん雰囲気が変わった。
 1986.3(2004.6)

東向島の路地
東向島の路地

▲[情報求む]前後の写真からみて、鳩の街近くの路地のはずだが場所がよくわからない。
*この写真は、現在との対比がありません。
 1986.3

水戸街道沿いの商店

鳩の街を水戸街道まで出て、やや北上したところ。左隅に「東向島一丁目」のバス停が見える。
このあたりが、戦前までの都電向島終点。都電は、戦後、寺島二丁目(現在の東向島広小路バス停あたり)まで延長された。

1984.1(2010.9)


水戸街道と明治通りが交差する東向島広小路バス停から、曳舟側(百花園と反対側)に100mほど進んだあたり。
手前の商家(中華料理店)はそのままだが、背後にユートリアこと墨田区東向島出張所が建った。

1992.1(2010.9)

東向島広小路近く
2010年9月作成
 

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