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新宿といえば、東京いや日本を代表する繁華街だ。でも、私が小学生のころの新宿は、まだまだ戦後の面影をあちこちに残していたものだった。 *写真にマウスポインタを置くと、同じ場所の2006年の写真が見られます。 |
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いま、東南口を出たところにある広場のあたり。右側が新宿駅。画面の奥を左右に甲州街道が走っている。正面には、御大典広場の店々の裏側が見える。 1988.10 (2006.5) |
新宿駅南口付近に、昭和の末まで残っていた戦後の雰囲気。最後は、飲み屋と金券ショップが目立っていた。昭和天皇御大典記念塔は、この画面の左側にある。 1987.1 (2006.5) |
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新宿駅南口を出て、甲州街道を東側(新宿三丁目方面)に歩く。 1987.1 (2006.5) |
上の写真から、さらに東に100メートルほど歩いた地点。 1987.1 (2006.5) |
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では、いったん甲州街道を降りて東口に向かおう。 1988.10 (2006.5) |
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東口に向かう通りの左側。「日本晴」という名の飲み屋がある建物をよく見ると、「共立運送 新宿支店」という看板の文字が読める。 1988.10 (2006.5) |
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上の写真から反対側を振り返ったところ。トップの写真と同じ方向を見ている。 1988.10 (2006.5) |
これは、上の写真から500メートルほど東に歩いた新宿二丁目。不動通りに、こんな木造三階建ての住宅があった。のちに、これがかつての遊廓跡と知る。 1987.6 (2006.5) |
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狭い敷地によくぞ建てたと感心する。現在は、駐車場となっているが、クルマが幅1台分しかとまれない。 1987.6 (2006.5) |
| 2006年5月作成 |
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