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東京 -昭和の記憶-
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タイトル
 

 私が子どものころは、まだ総武線に蒸気機関車の引く旅客列車が走っていた。両国駅の列車ホーム(始発列車用)から発車して、房総半島に向かう列車である。残念ながら、実際に乗車したことはないのだが、両国駅の薄暗いホームで客を待つ茶色い客車や、錦糸町寄りにあった転車台(ターンテーブル)に上に乗ったC57の姿を、並行する総武線の黄色い電車から見たことがある。まだ、総武快速線ができる前のことだ。
  錦糸町駅の北側には機関支区があり、大正生まれの8620型機関車が入れ換えをしていたっけ。

  でも、そんな牧歌的な情緒も、1972年の総武快速線の開通以後、急速に変わっていった。そこで、今回は趣向を変えて、総武線の錦糸町、亀戸、平井、新小岩の駅とその周辺の写真を集めてみた。「もっと早く写真を撮りはじめていたらよかったのに」という後悔は、いつものことである。

*写真にマウスポインタを置くと、同じ場所の2009年の写真が見られます。

両 国
両国駅の郵便荷物車

両国駅の電車ホームから、列車ホームを眺める。停車しているのはディーゼルカー(キユニ11)の 郵便・荷物車。
その後、両国駅前には、1985年に国技館が蔵前から移転、バックに見える江戸東京博物館もできた。

1972.7(2009.7)


■両国駅列車ホーム   *この写真には現在との対比はありません。
両国駅列車ホームの急行「うち房」と「そと房」

房総東線(現・外房線)と総武本線が電化される直前のころ、両国駅に顔を揃えた急行列車。

1972.7

手前から房総西線(現・内房線)の「うち房」、房総東線(現・外房線)の「そと房」、総武本線(銚子行き)の「犬吠」。

1972.7

両国駅列車ホームの急行列車

錦 糸 町  

錦糸町駅北口の乾物屋

場外馬券売り場に歓楽街、そしてヤクザのイメージが強かった錦糸町も、1983年、南口に丸井が開店したころから徐々に変わりはじめた。
この写真は北口にあった大きな乾物屋。

1986.11(2009.7)


アルカイーストができる前の錦糸町北口の駅前広場。右に見えるのが、長い間、錦糸町のランドマークだったロッテ会館。
新しい写真の中央に写っている、不思議なシンボルができたときは話題を呼んだものだった。

1986.11(2009.7)

錦糸町駅北口広場

錦糸町駅北口広場

上の写真から、駅方向に少し進んだところ。北口広場の整備もまだ進んでおらず、バスターミナルもできていなかった。写真の左にあるのはスーパーのオレンジマート。

*「ゆの」さん、スーパーの情報ありがとうございました。

1986.11(2009.7)


 


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