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世界の音楽を求めて


Franco Battiato
 フランコ・バッティアート
「苦悩する知性」
Orizzonti Perdutiのジャケット



 フランコ・バッティアートの曲をはじめて耳にしたのは、1980年代前半のNHK-FMの番組である。当時は、毎週日曜日の昼過ぎに、ヨーロッパや南米の音楽がかかっていて、ちょうどその日はイタリアの最新ポップスの時間であった。
 そのときに聴いた「Bandiera Bianca(白旗)」は、ちょっとした衝撃であった。ほとんど「お経」なのである。延々と単調なリズムが続き、前後の脈絡がない歌詞が次々に登場したあげく、「Sul ponte sventra bandiera bianca...(橋の上で白旗がはためく……)」というフレーズを繰り返していく。一度耳にしたら忘れられない、実に不可思議な歌であった。

 バッティアートの曲は、約10年ごとに大きく変化してきたと言われる。1970年代は、難解なプログレッシブ・ロック。1980年代は一転して、ポピュラリティのあるアルバムを次々に発表した。1990年代になると、オーケストラを操って新作オペラや映画音楽を担当する。そして1990年代の終わりからは、再びポピュラーな曲づくりに転じて現在に至る。
 私が好きなのは、このうち、1979年に発表された「L'ERA DEL CINGHIALE BIANCO(白イノシシの時代)」から1985年の「MONDI LONTANISSIMI」に至る6枚のアルバムである。

 1980年代のバッティアートは、現代人の憂鬱と倦怠を、ときに悲観的に、ときに皮肉っぽく歌った。彼の歌詞には、固有名詞が飛び交い、文学的な比喩や古い歌のパロディが溢れ出てくる。そして、イタリア語のなかに、フランス語、英語、ロシア語、ドイツ語、アラビア語が交じる。また、ホメイニ師や黒沢明、戒厳令下のワルシャワから逃げる人びとを歌ったかと思うと、第三次産業革命によって都市を追われた人びとが登場する。
 彼の歌には、ストレートな政治的なメッセージがあるわけではなく、あらゆる主張は知性のなかに埋もれているように思える。時には、青春時代の甘酸っぱい記憶を思い出し、アフリカやアラブに思いをはせる。彼の歌を聴いていて感じられるのは、優柔不断とも思える「やるせなさ」であり、まさしくインテリの苦悩である。でも、そんな歌詞を、いやにあっけらかんとした軽いメロディーと、安っぽくも親しみやすいリズムに乗せて歌うといった芸当ができる歌手は、世界広しといえどもほかにいないのではないだろうか。

 公式ホームページは http://www.battiato.it/
 下で紹介している曲も聴けます。

ジャケット L'ERA DEL CINGHIALE BIANCO
 (白イノシシの時代) [1979年]
1.L'era del cinghiale bianco
2.Magic Shop
3.Strade dell'est
4.Luna indiana
5.Il re del mondo
6.Pasqua etiope
7.Stranizza d'amuri

[レーラ・デル・チンギャーレ・ビアンコ]
 バッティアートの記念すべきポピュラー転向(?)第一作。4、6の題名(「インドの月」「エチオピアの復活祭」)からもうかがえるように、東方への思いが強く現れたアルバム。チュニジア、ダマスカスといった地名にまじって、ブッダが出てくるところなどは、いかにも西洋のインテリで、ちょっと東方趣味がストレートすぎる感じ。
 5は名作の誉れ高い作品で、アリーチェ(イタリアの女性歌手)によっても歌われている。最終戦争(?)が終わったあとの不気味な平和と静けさを感じさせる。「日本の地下鉄には酸素吸入器があり…」という一節には苦笑。確かに、大気汚染が激しかりしころ、冗談半分に置かれたことがあったっけ。「終末の日には英語など役に立たない」というフレーズには微笑。
ジャケット PATRIOTS
 (愛国者-パトリオット) [1980年]
1."Up patriots to arms"
2.Venezia-Istanbul
3.Le aquile
4.Prospettiva Nevski
5.Arabian song
6.Frammenti
7.Passaggi a livello
[パトリオッツ]
 シチリア生まれの彼の歌には、かつてその地を支配していたアラブの血を色濃く残し、東方へのあこがれがどうしようもないほどにじみでてくる。1でアヤトラ・ホメイニが出てくるかと思うと、2ではヴェネツィアを見るとイスタンブールを思いだすという。5の冒頭ではいきなり「アッサラーム・アライコム」とアラビア語で歌われる。もっとも、日本や中国に対する認識はというと、西洋のインテリの限界を越えていないのだが、それもまた愛嬌である。4は零下30度のロシアの広場を歌ったもので、実にメロディーが美しい。これも、のちにアリーチェが歌った。
ジャケット LA VOCE DEL PADRONE
 (勝者の声) [1981年]
1.Summer on a solitary beach
2.Bandiera bianca
3.Gli uccelli
4.Cuccurucucu
5.Segnali di vita
6.Centro di gravita' permanente
7.Sentimiento nuevo

[ラ・ヴォーチェ・デル・パドローネ]
 前2作のような「東方臭さ」がだいぶ抜けて、いわゆるバッティアート節が前面に現れてくる。バッティアートの音楽を特徴づけるチープな打ち込みのリズムと、不思議な雰囲気のバックコーラスがこのアルバムで確立されたように思われる。アメリカの流行音楽を聞き慣れた人の耳には、単なる安っぽい音楽に聞こえるかしれないが、これこそがバッティアートの神髄だと私は思うのである。ちょっと外れた音程……いや外した音程によって、彼のメロディーは頭について離れない。それが彼のメッセージをさらに印象的なものにしていると私は思うのだ。名作2「白旗」の「お経」リズムは、前に書いたとおり。4はラテンの名曲「ククルクク・パロマ」を編曲したもの。5の「生存信号」は、美しいメロディーのなかに彼の人生感と宇宙感を歌いこんだ(?)怪作。
ジャケット L'ARCA DI NOE'
  (ノアの方舟) [1982年]
1.Radio varsavia
2.Clamori
3.L'esodo
4.Scalo a grado
5.La torre
6.New frontiers
7.Voglio vederti danzare


[ラルカ・ディ・ノエ]
 いきなり重々しい歌声で、戒厳令下のワルシャワが歌われる。2の「騒音」もまた似たような重々しく暗い曲。一転して3はアップテンポだが、「第三次産業革命が起きる前に、民族移動の用意をしよう。あちらの町からこちらの町から、人びとがぞろぞろと……」と、やはり重い内容が歌われる。バッティアートは、現代社会や現代文明に対して、一貫して懐疑的な視線を送っている。もっとも、それがストレートに表に出るのではなく、いかにも彼らしく屈折して表現されるのである。でも、最後の「君が踊っているのを見たい」は、「砂漠のジプシーのように……祭りの日のバリ島の女性のように……」と歌う軽快なラブソングなのだが、やはりバッティアート独特のチープなメロディーとリズムが頭について離れない。
Orizzonti Perdutiのジャケット ORIZZONTI PERDUTI
  (失われた地平線) [1983年]
1.La stagione dell'amore
2.Tramonto occidentale
3.Zone depresse
4.Un'altra vita
5.Mal d'Africa
6.La musica e' stanca
7.Gente in progresso
8.Campane tibetane

[オリッゾンティ・ペルドゥーティ] ** 駄菓子のオススメ **
 1980年代のバッティアート節の頂点を迎えたと思われるアルバム。どの曲もオリジナリティが高く個性的である。また、アルバムとしての完成度も高く、1曲としてゆるがせにできないと思うのである。青春時代の高ぶる気持ちを、当時の町の様子を描きながら歌う3にしても、アフリカへの憧憬を描きながら女性への思いを語る(たぶん)5の「アフリカ熱」にしても、目の前にその場の情景がうかがえるような絵画的な歌である。
 とくに5のけだるくも美しいメロディーは、昼下がりのアフリカを感じさせて絶品である。4の「別の人生」はうって変わって、都会の生活に対する疲れを歌ったもの。朝の道路は込んでいて疲労困憊、赤信号や一時停止にうんざり、家に帰るとソファに体を投げ出してテレビのリモコンを手にドラマを見るだけ、イデオロギーも精神安定剤も役に立たない……必要なのは別の人生だと歌う。実に身に沁みる歌である。
 確か、このアルバムはイタリアで年間1位となったと記憶している。こんな音楽が一般受けするとは、イタリア人はあなどれないと感じたものである。
ジャケット MONDI LONTANISSIMI
  (遙かなる世界) [1985年]
1.Via lattea
2.Risveglio di permavera
3.No time no space
4.Personal computer
5.Temporary road
6.Il re del mondo
7.Chanson egocentrique
8.I treni di Tozeur
9.L'animale


[モンディ・ロンタニッスィミ]
 前作で行き着くところまで行ったので、もうそれ以上はあり得ないと思っていたところ、1年を空けてでたのがこれ。意外にもかなりの佳作でうれしかったものである。それにしても、バッティアートの悩みは地球上では解決がつかないということなのか、このアルバムでは1の「天の川」をはじめとして、やけに宇宙への憧れが描かれている。
 当時、何度か日本のラジオで、7の「エゴイスティックな歌」がかかっていたのを耳にしたが、私の好みは8の「トズールの列車」である。「トズール」は、チュニジアにある地名。国境の町をゆっくりと走る列車を眺めながら思いにふけるという内容が、甘くセンチメンタルなメロディーにのせられて歌われる。この歌と前作の「Mal d'Africa」を聴くたびに、私の胸はなぜかしめつけられるのである。

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