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イタリア町めぐり

マテーラの旧市街「サッシ」 2002年9月 地図


 不思議な町が多いイタリアの南部でも、マテーラの旧市街「サッシ」ほど変わったところは、ほかにない。石灰岩に掘られた横穴式住居の上に家が建てられ、そのまた上に家が積み重なり、もうどこからどこまでが山でどこまでが家なのかもわからないほど、岩山と家々が渾然一体となっている。

  個人的に言えば、同じ南イタリアの世界遺産の町アルベロベッロには1982年に訪れて以来、何度も行っておきながら、マテーラには2002年まで足を踏み入れたことがなかったというのは、我が人生の不覚と言うほかない。


サッシが見渡せる展望台。昔からの顔なじみなのか、夕方、3人のおじさんが飽きずに眺めていた。

*写真にポインタを合わせると……。

2002.9

展望台風景

夜明けのサッシ

夜明けのサッシ。中央の岩山のすぐ下には、サンタ・マリーア・デ・イドゥリス(S. Maria de Idris)教会が見える。写真の左端はサン・ピエトロ・カヴェオーゾ(S. Pietro Caveoso)教会。

2002.9



 2002年9月、マテーラ中央駅の地下ホームから外に出たとき、妻はこの上なく不機嫌であった。それは、ただ疲れていたからだけではない。前日まで滞在していたアルベロベッロの浮世離れした町の様子にくらべて、あまりにも平凡な町並みが広がっていたからだ。

「この先に行けば、それはそれは不思議な町があるんだよ」
  私がいくら言っても納得しない。しかたがないので、電車の中でたまたまそばに座っていたおばさんに勧めてもらったホテルまで、無言のまま歩いていくしかなかった。

  しかし、その約20分後、ホテルの窓からみた旧市街「サッシ」(Sassi)の様子に、彼女のご機嫌がすっかり直ったのは言うまでもない。
  それどころか、いまではマテーラがイタリアでもっともお気に入りの町となり、4年後には自分の親を連れて再訪するまでになるとは、まったく現金なものである。


土産物屋やレストランなど、観光客相手の仕事をしている人を中心に、サッシに徐々に人が戻ってきた。

2002.9

水を汲む人


 マテーラの歴史については、ガイドブックやネットの解説に書かれているので省略するが、かつて「サッシ」は南イタリアの貧困の象徴とされ、「国の恥」(vergogna nazionale)とまで呼ばれる存在だった。そして、1960年代には1万5000人の全住民に対して、新市街への移住が命じられたというのは有名な話である。
  しかし、その後に観光地としての価値が見出されるのだからわからないものだ。1993年の世界遺産指定と前後して一部の家に住民が戻り、いまでは立派なレストランやホテルもある。そして、再現された洞窟住居は、外すことのできない観光ルートの一つになっている。

  だが、マテーラの魅力はサッシだけでなはい。この町の本当の魅力は、残念ながら2、3時間の駆け足ツアーでは味わうことはできない──まだ2回しか行っていないが、それでも私は偉そうにそう断言できるのだ。(その後、もう一度行ったので都合3回行きました)

マテーラの黒猫
▲車の通らない旧市街の細い道や階段は、もちろんネコの天国だ。
  2002.9
▼マテーラ名物(?)。階段を昇り降りする自動車。これじゃネコもくつろげない。
  2006.10階段を駆け下りる車

 その「本当の魅力」の1つは、食材のよさである。
「このあたりは小麦がいいからね」と現地の人は言っていた。だから、地元のレストランで出されるパスタは、どれも味がしっかりしている。
  パスタだけではない。ハム、チーズ、キノコ、肉、なんでもウマいのだ。ワインも安くて濃くておいしい。食後酒もまたよろしい。
  だから、マテーラにやってくると私たちは毎日、新市街の中心にある広場の一角にある食材屋に入り浸ってしまうのだ。

「4年前もここに来たんですよ。日本へのお土産をたんまり買い込んで……」
  閉店前の最後の客となった私たちは、品物の精算をしながら、40代と思われる、上品でにこやかな女主人に言う。
「あら、そうなの。ラルドでも召し上がる?」
「喜んで!」
 彼女は、安くはないラルド(豚の脂身を熟成させた生ハム……ラードと語源は同じ)を切って、私たちに食べさせてくれた。それはそれは味が濃く、脂身が口のなかでとろけるようだった。
「もう1切れいかが?」
「はい!」
 結局、勧められるままに私が3切れ、妻は2切れ食べた。こんなものを毎日食べていたら生活習慣病一直線だなと確信しつつ。
 女主人も3切れほど食べていた。
「あれは、自分も食べたかったんだね」と、妻はのちに述懐する。


マテーラの「サッシ」全景

グラヴィーナ(Gravina)峡谷に沿って広がる「サッシ」の全景。
この町で不思議なのは、遠近感が失われること。ずっと遠くにあるように見えるのに、歩くとすぐにたどりついてしまう。少し歩くだけで景色がまったく変わってしまうのだ。

2006.9



 もう1つのマテーラの「本当の魅力」--それは、この町の人の人情である。
  たまたま運がよかっただけかもしれないが、出会った人はみな、本当に親切な人ばかりなのである。いや、単に親切なだけではない。もう一歩進んだ思いやりがあって、平凡な表現だが暖かみがあるのだ。
  それでいて、押しつけがましさがない。ラルドをもらったからではないが(いや、もしかするとそうかもしれないが)、実に居心地のいい町であった。

  2006年の旅では、妻が新市街の洋服店に置き忘れたクレジットカードを、店のお姉さんがすぐに警察に届けてくれて、ホテルに素早く連絡が来た。しかも、ホテルのおじさんが自家用車で警察まで送り迎えしてくれた。
  私がデジカメ用のSDカードリーダーを探していると、「この町には売ってる店はないなあ」と言って、インターネットカフェのお兄さんたちが、手元にあったものを安く譲ってくれた。「もし相性が悪くて使えなかったら、いつでも来てくれ」と言って。
  そして、レストランで食事を終え、突然降ってきた雨に途方に暮れていると、従業員が自家用車でホテルまで送ってくれた。

  そういえば、イタリアの主要都市を対象にした調査で、「住民が優しい町」の部門でマテーラがトップに選ばれたという結果を見たことがある。
  かつて、旧市街「サッシ」の中で、貧しくも助け合って生きてきたという歴史が関係しているのだろうか。


●所在地
バジリカータ州・マテーラ県(県都)
●公共交通での行き方
・バーリから私鉄アップロ・ルカーネ鉄道で1時間半(一部列車はアルタムーラで乗り換え)。平日のみ運転。
・ターラントからSita社のバスで1時間半。平日のみ6往復。
・イタリア鉄道メタポント駅前からSita社のバスで40分。平日のみ3往復。

●見どころ
・グラヴィーナ峡谷に沿って広がる「サッシ」
●老婆心ながら
旧市街はサッソ・バリサーノとサッソ・カヴェオーゾ地区に分かれている。
サッシはサッソの複数形で、もともとの意味は「岩」。サッシの発音は、うるさく言うと「サッスィ」。

ドゥオーモ前の広場で携帯電話をかける人
比較的新しい家も交じるサッソ・バリサーノ(Sasso Barisano)地区をドゥオーモ前の広場から眺める。携帯電話で話す後ろ姿も絵になる……?
  2002.9
2007年2月作成
2008年12月一部写真入れ換え

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