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![]() 山陽本線の土山駅に到着した混合列車。 1979.3 |
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-- 時が止まったような山陽路の産業鉄道 -- 「べっぷ」ではなくて「べふ」と読む--というのが、この鉄道を紹介するときの決まり文句だ。 別府鉄道が走っていたのは、九州ではなくて兵庫県の瀬戸内海側であった。昭和40年以降は工業地帯となった別府港と山陽本線の土山駅を結んでいたのが土山線(4.0km)、別府港と高砂線(1984年11月廃止)の野口駅を結んでいたのが野口線(3.4km)である。 親会社は多木化学(旧・多木製肥所)という会社。もともとは、別府港で陸上げされた化学肥料を運ぶ目的で建設された鉄道であった。 とくに、珍しかったのが土山線の列車。ディーゼル機関車が貨車と客車をいっしょに引っ張っていく、いわゆる「混合列車」が基本で、しかも客車というのが、小さな小さな古典客車だったのだ。 大阪からわずか1時間あまり、神戸から40分ほどで、1980年代までこんな時が止まったような鉄道が残っていたというのは、ちょっとした奇跡といっていいだろう。 |
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| 訪問:1977年3月~1980年8月 | ||
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中野付近を行く土山線の列車。この日は貨物がなく、混合列車にはならなかった。 1977.3 |
| 別府港駅の駅舎。周囲の民家のなかにあって、ちょっと見ただけでは駅とは思えない様子だ。 1979.3 |
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別府港駅の時刻表。野口行きは日に10本、土山行きは4本だった。 1979.3 |
| 別府港駅で発車を待つ混合列車。ホーム(右端にちらっと見えている)から離れた線路に止まっているのはご愛嬌。 このときは貨物が多く、先頭の機関車ははるかかなたにある。 1979.3 |
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上の列車を反対方向から見たところ。 すぐそこに民家があり、どこまでが駅なのか、ひと目見ただけではわからない。 1979.3 |
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柳家小さん師匠(5代目)に似た車掌さん。古典客車によく似合う(?)。
上の写真は、よく整備されたハフ7の車内。二重屋根の構造がよくわかる。 1979.3 |
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