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県庁前駅で発車を待つ2両編成。 県庁本館は、この左側にある。 1976.10 |
---- 路上も走った新潟の電車 ---- 新潟交通というと、県内外に路線バスや高速バスなどを運転している大きな会社だが、かつては新潟市の(旧)県庁前と、金属洋食器で知られる燕市を結ぶ鉄道線も運行していた。 そのうち県庁前から東関屋付近までは道路上を走り、その区間は法律的にも軌道線となっていた。 全線の大半は、信濃川の支流である中ノ口川に沿っており、36.1キロ(営業キロ)を約1時間かけてのんびりと走っていた。ちなみに、現在の上越新幹線とはほぼ並行している。 1985年には新潟県庁の移転により、県庁前は白山前と改称。その後、路面を走る白山前-東関屋が1992年に廃止。月潟-燕も翌1993年に廃止されて、ほかの鉄道とは連絡しない孤立した路線となってしまった。そして、1999年には残る東関屋-月潟も廃止された。 訪問:1976年10月、1983年8月
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県庁前のクハ46。ボディーは、小田急電鉄の旧型車のものを流用している。 ちなみに、新潟駅から県庁前駅までは3キロ近くの距離があった。 1976.10
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県庁前駅の改札風景。夕方ともあってずいぶん人が乗っているのがわかる。 県庁の移転とともに、この駅は白山前と改称された。 1976.10
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県庁前から東関屋までの路面区間を行く。東関屋の手前に鉄軌分界点(鉄道と軌道の境界)があった。 1976.10
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白根(しろね)駅に停車中のモハ21。白根は沿線でもっとも大きな町だ。 この鉄道のモハには日本車輛製の地方私鉄向け「日車標準車体」が載せられているが、よく見るとそれぞれ少しずつ違うのがおもしろい。 1983.8
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