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私鉄ローカル線
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タイトル

南島原機関区に勢ぞろいした当時の主力ディーゼルカー。

1990.3

南島原機関区

南島原駅構内 南島原駅構内の側線で休むディーゼル機関車D3703。同型のD3701とD3702は廃車・解体されたが、この車両は雲仙普賢岳噴火の復旧工事に活躍して、現在はふかえ桜パークに保存されているそうだ。

1990.3

雲仙岳をバックに、南島原駅に到着したヒゲ付きのキハ20 02(右)と、機関区にいるキハ20 10。

1990.3

南島原駅構内

南島原機関区 南島原機関区のキハ26 01。すでにほとんどの車両が、この大胆な塗り分けになっていた。ヘッドライトがシールドビーム2灯化されている。

1990.3

南島原機関区は、狭い場所にぎっしりと車両がつめこまれているという印象だった。正面はキハ55 02、右はキハ20 10。

1990.3

南島原機関区

南島原駅機関区 珍しい左右2灯のキハ55 06。

1990.3

検査直後なのか、ピカピカに光っているキハ20 15。

1990.3

南島原機関区

「東の関東鉄道、西の江若(こうじゃく)鉄道」と謳われた長大非電化私鉄のうち、江若鉄道が国鉄湖西線建設にともなって1969年に廃止され、その代わりに西の非電化私鉄の雄となったのが島原鉄道だった。中小私鉄には珍しく郵便車が走り、正面にヒゲをつけたキハ20が活躍している路線は、いつか訪れてみたい鉄道の一つであった。

  だが、学生時代、九州に行くというと蒸気機関車を撮りに行くのがメインだったため、私鉄路線まで手がまわらなかった。そのため、九州の中小私鉄のうち、不覚にも鹿児島交通南薩線には行かずじまい。島原鉄道や熊本電鉄に乗ったのも、1990年代に入ってからのことである。
 そのうえ、島原鉄道を訪れたといっても、別件の九州旅行のついでという感じ。そのために、有明海をバックに快走する列車の写真も撮っておらず、走行写真もほとんどないというありさまである。それでも、廃止前の加津佐駅の写真を撮ったのは、今となってはよい思い出である。南島原の車庫も見ることができた。

  それにしても、私が訪れたわずか8カ月後に雲仙普賢岳が噴火をして、多大な被害をもらたすることになろうとは、当然のことながら想像だにしなかった。
  その後、被害を受けた路線の付け替え、車両の新製などで観光客が訪れて活況を呈していたかに見えていた。だが、それも一時的なものだったようだ。いつか腰を据えて行かなくてはと思っているうちに、島原外港~加津佐の区間が2008年に廃止されてしまった。願わくは、残された区間で末永く運行が続いてほしい。

-関連サイト-
島原鉄道グループ

-参考図書-
『レイル No.25 私鉄紀行 南の空,小さな列車(上)』(湯口 徹 著/プレスアイゼンバーン)


2010年6月作成


 


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