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蔵出し鉄道写真館
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東京近郊SLさよなら列車 (1970年3月~10月)


常磐線SLさよなら列車


1970年というと、東京近郊から蒸気機関車が相次いで姿を消した年だった。
そのために、各地でSLさよなら列車が運転されたのである。SLという呼び方も、新聞を通じて一般の人たちに広まっていった。もっとも、我々はSLなんて呼ぶのはかえって気恥ずかしく、あえて蒸気機関車とか汽車と呼んでいたものである。

さて、この写真は常磐線のSLさよなら列車。8620(8630号機)とD51(946号機)の重連で、水戸~高萩を走った。撮影は3月21日。
友人とこの列車に乗ったわけだが、この写真はたぶん終点の高萩で撮ったもの……かな?


八高線SLさよなら列車 八高線SLさよなら列車
 

ここからは、八高線のSLさよなら列車。「八高号」という名前が付いていた。高麗川~八王子を走ったもので、撮影は10月4日。機関車はD51 515である。なぜか、八王子機関区でも高崎第一機関区でもなく、新鶴見機関区所属の機関車だそうだ。

たぶん、高麗川~東飯能の切り通しで撮ったものだと思う。小雨降るなかを、草むらで列車がくるのを待っていたのだから、ご苦労なことである。


八高線SLさよなら列車 八高線SLさよなら列車
 

左の写真は客車後部の飾りつけ。ずいぶん手が込んでいる。
右側の写真は、高麗川駅での折り返しの間の撮影だろう。もう、線路があろうが何があろうが、機関車に近づいていく人びとであった。まあ、まだそれが許された牧歌的な時代であったとも言えるかもしれない。


八高線SLさよなら列車 八高線SLさよなら列車
 

そして、折り返しの上り列車。拝島駅で撮影したものである。右の写真は、西武拝島駅から撮ったものだと思う。客車の番号を拡大したら、スハフ32 2243と読めた。
跨線橋の下側に、蒸気機関車の煤のあとがついていたのが印象的だった。これから10年ほど後に拝島を訪れたときも、まだこの煤は残っていた。


高島貨物線SLさよなら列車 高島貨物線SLさよなら列車
 

最後の2枚の写真は、横浜にある高島貨物線の無煙化を記念して、東京駅から横浜港貨物駅まで運転されたD51 791牽引の列車である。10月10日、11日、18日に運転された。
なにしろ東京駅を蒸気機関車が発車するというので、すごい人出であった。もっとも、今だったらもっと人が出るに違いない。

左の写真は、東京駅のホームに入線する列車。ここは現在、東北・上越新幹線のホームとなっているはずだ。隣には、東海道新幹線の0系電車が写っている。
右の写真は、田町付近だと思う。緑色の電車は山手線の103系。遠くに見える高層ビルは、36階建ての霞ヶ関ビルのはずである。当時は、それ以外、高層ビルがなかった。

2011年5月作成



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