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蔵出し鉄道写真館
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常磐線新松戸駅 開業前 (1971年7月)


工事中の新松戸駅武蔵野線ホーム
 

かつての常磐線は、馬橋を過ぎてしばらくすると、車窓ががらりと変わった印象があった。家並みが途切れて、畑や雑木林が広がるのだ。
とくに、北小金の手前あたりから左側に見えるなだらかな丘の上に、こんもりとした木々が繁っているのを見るのは格別だった。10代の子どもにとってさえ、気持ちがほっとするというだけでなく、どこか心豊かになる瞬間であった。

そこに武蔵野線(開業前は東京外環状線と呼ばれていた)の高架線が、建設されていたのは知っていた。開業のかなり前からコンクリートの高架橋が並んでいて、「都心の貨物のバイパス・外環状線」のような大きな看板が、車窓からも見えていたからである。
武蔵野線の府中本町~新松戸が開通したのは1973年4月のこと。それに向けて、新松戸駅の工事が進められているのは、たまに乗る常磐線の車窓からも見ることができた。


工事中の新松戸駅 工事中の新松戸駅
 

そんなある日、開通したら激変するに違いない光景をカメラに収めようと、馬橋の駅から歩いてやってきた。もしかすると、流山電鉄に乗って幸谷で降りたのかもしれないがよく覚えていない。

いずれにしても、上3枚はそのときの写真である。トップの写真は、武蔵野線のホームから西方(西船橋方面)を望んだところ。バックの雑木林には、今では家がぎっしり建っている。なぜ、そんな工事中のホームに行けたのか不思議だが、休日だったためか人影はなく、簡単に行けた記憶がある。
まあ、そんなところに行こうと思う人もいなかったし、何よりもまだまだのんびりしていた時代だったのだ。

すぐ上の左は、今の駅前広場あたりから撮ったもの。もちろん、電車は乗り入れを開始したばかりの営団地下鉄(当時)千代田線の6000系である。
右はシャッターを押すタイミングをしくじってしまった。103系快速電車である。この奥の雑木林は、現在でもその雰囲気を残している。


金町駅の専用線DL
 

さて、江戸川を渡って金町に戻ってくると、三菱製紙中川工場専用線の機関車がやってきていた。たぶん、奥に見える煙突がその工場である。
その後、工場は閉鎖となり、2011年現在は更地となって再開発が予定されている。もちろん、工場の閉鎖とともに、この専用線も廃止されてしまった。

ちなみに、今回と前回は、父親から借りた(譲り受けた?)ドイツ製コンタックスIIで撮ったものである。

2011年8月作成



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