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蔵出し鉄道写真館
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青梅線 (1970年10月~1971年9月)


青梅・五日市線のED16と73系
 

東京の下町--つまり東京都の東端あたりの平らな土地に生まれ育った人間にとって、町の中に坂があるのは、ちょっとうらやましいものだった。ところが、坂どころか東京都内にもずいぶん山深い土地があって、そこに鉄道が走っていると知って、当然のことながら乗りに行きたくなった。そんな路線が青梅線、五日市線だったわけだ。
まず、上の写真は、東京近郊SLさよなら列車 で八高線の蒸気機関車を撮りに行った帰りの写真。拝島駅で撮ったものだ。左が73系電車、方向板には「拝島←→武蔵五日市」と記されている。右はED16 15が牽引するタンク車である。機関車の直後に、有蓋貨車が1両だけ連結されている。


青梅線の旧型国電 八高線のキハ17
 

左は拝島駅の跨線橋から撮ったものとばかり思っていて、最初はそう書いたのだが、だとすると一番左の線は八高線になるはずで、当時は電車が走っているいるわけがない。
そこで、kojiさんから、「拝島駅の西側でオーバークロスしている国道16号線から撮ったのでは?」という指摘があった。確かに、駅の反対側を撮ったのなら理屈は合う。そう言われると、そうだったかもしれない。記憶はいい加減なものである。
そして、両端の先頭車は3扉車である。3扉は17m車ばかりだと思っていたら、これもkojiさんから、「20m級のクハ55ではないか?」と指摘された。すいません。その通りです。訂正します。
右の写真は、拝島駅に停車中の八高線のディーゼルカー。たぶんキハ17である。


軍畑の鉄橋をゆくED16 軍畑の鉄橋をゆく旧型国電
 

さて、上の写真を撮った翌年の秋。中学校の遠足というか、校外学習という名の山歩きで、奥多摩の黒山三滝というところに行った。上の2枚はそのときに、青梅線の軍畑駅の東側で撮った写真だ。左がED16、右が72系電車である。

団体行動だったはずなのに、なぜこんな写真を撮っているか、実に不思議である。たぶん、軍畑駅で上りの電車待ちの間に、こっそりと鉄橋のところまで行ったのだろう。せいぜい200m程度の距離だし。


青梅駅の17m国電 青梅駅の73系国電
 

そして、これも同じときに撮った青梅駅構内。こんな写真も撮っているということは、帰りに青梅駅で乗り換えたのだろう。たぶん。
左の電車は、これも3扉だから17mだと思っていたら、kojiさんから「20m級のクモハ40の切妻型ではないか」との指摘あり。ラッシュ時に増結されていたらしい。まあ、戦前製の電車であることは間違いなく、実に整ったデザインである。
右は、戦後製の20m車73系である。73系は、製造年、改造年によって、正面や側面のデザインに、さまざまなバラエティーがあるのがおもしろい。
この写真のタイプは、運転台の窓に角度がついているから、比較的新しいタイプである。左奥には、ヘッドライトを埋め込み改造した車両が見える。

2011年8月作成



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