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蔵出し鉄道写真館
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米坂線、米沢機関区 (1972年2月)


羽前沼沢駅の49681 手ノ子駅付近の急行「あさひ」
 

中学の友人たち7、8人と米坂線に9600を写しに行こうと、上野駅から夜行列車に乗って米沢に向かったのは、建国記念の日の前夜であった。車内はスキー客を中心に超満員。しかも、発車間際にトイレに行っていたやつがいたために、 そいつを待つために乗車が遅れて車内の奥まで進めず、ドア近くでぎゅうぎゅう詰めで数時間も過ごすことになった。


49681のシリンダー付近 49681のキャブ付近 手ノ子駅
 

米坂線に着いたときには、さすがに体力自慢の中学生も疲労困憊。結局、昼すぎでもう帰ってくるというさんざんな撮影旅行となった。
いい撮影地にはたどりつけず、走行写真は人さまに見せるようなものは撮れなかったが、それでも羽前沼沢駅で上の写真のような49681にめぐりあえた。
いわゆる「形式入りナンバープレート」に大型のヘッドライト。9600のよさをじっくり眺めることができた。
ちなみに、1段目右のキハ58系は、当時米坂線を走っていた急行「あさひ」。手ノ子駅近くで撮ったものだ……あれ? この駅名票だと「手の子」と、「の」がひらがなになっている。


羽前椿駅の9600 DD14
 

そのまま帰るのも惜しいので、米沢機関区で撮影することにした。10人近い中学生が、いきなりドタドタとやってきても、事務所で名前を書きさえすれば撮影が許された時代である。
左の写真は、米沢に戻る途中、羽前椿駅で交換した貨物列車である。牽引機は59661。
右の写真は、米沢機関区にいたDD14 305。反対側のサイドに除雪用のラッセルヘッドがつけられている。東京近辺では見ることができない形式なので、中学生には珍しかった。


スエ78 スエ78の3軸ボギー台車
 

だが、DD14どころか、珍しい車両が目白押しだった。これは、スエ78 11。救援車として、当時はまだ車籍があったようだ。ご覧のように、3軸ボギー台車をはいている。
スエ78は、マニ78またはマユニ78から改造されたもので、全部で15両が改造されたのだそうだ。


ラッセル車キ100形 ラッセル車キ100形
 

雪国だから、当然ラッセル車も多数配置されていた。左の写真はキ131。右は、キ131とキ235が背中合わせで停車しているところ。
キ235は、番号こそ200番台だが形式はキ100形。当時、キ100は雪国に行けばどこにでも見られた車両だった。


ジョルダン車キ700形 ジョルダン車キ700形
 

ラッセル車は知っていたが、これはそれまで雑誌でも見たことがなかった車両。ジョルダン車キ700形の707である。「広幅雪かき車」とも呼ぶのだそうで、左の写真に見える両翼がバッと開くのだろう。電柱が真ん中に入ってしまったのは残念だが、しかたがない。

それにしても、わざわざ米沢機関区に来たのに9600の写真を撮っていない。珍品車両に満腹してしまったのか。それとも、9600が出払っていたのか、それとも撮るのに飽きてしまったのか、今となっては理由は不明である。

2012年4月作成



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