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蔵出し鉄道写真館
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中央西線 (1972年4月)


夜明け前の木曽福島駅 夜明け前の木曽福島駅
 

中学を卒業して高校に入ったばかりの春休み、いつもの友人たち数人で、今度は中央西線(中央本線の塩尻以西)の木曽路に蒸気機関車を撮りにいった。電化を控えて、貨物列車用にD51が最後の活躍をしていた時期である。
上野駅を夕方に出発して長野に夜到着。長野発の夜行客車列車「ちくま」に乗って木曽福島に到着したのは、夜中の3時ごろだったと記憶している。まさに、木曽の「夜明け前」である。駅の待合室で、眠さと寒さに耐えながら夜明けを待った。
上の写真は、ようやく夜が明けてきたころの木曽福島駅。右は、D51の貨物列車同士の交換である。


木曽福島駅を発車するD51 木曽福島駅を発車するD51
 

ここを走るD51は、山岳線区ということで集煙装置付きの、いかにも重装備といった風情である。
すでにこの写真でもわかるように、電化のためのポールが立っていたものの、ひっきりなしに蒸気機関車が行き来しているのは楽しかった。


桟付近を行くD51牽引臨時列車 桟付近を行くD51牽引のコンテナ列車
 

木曽福島からバスで、当時の撮影名所の一つである「桟(かけはし)」に移動。崖に沿って走る列車を撮影することにした。
すると、なんと到着したとたんに、左の写真のような臨時の客車列車がやってきた。客車は先頭から2両しか写っていないが、どちらもグリーン車ということからして、お座敷列車か何かの特別列車だろう。
右は、D51重連の引くコンテナ列車。このトンネルの形も懐かしい。

現在、この付近の路線は、すべて崖の中に掘られたトンネルに移設されている。かつては車窓からじっくりと眺められた名勝「寝覚ノ床」も、落ち着いて見ることができなくなってしまった。
当時は、この写真を撮っている背中側に、木曽森林鉄道が走っていた。


木曽福島機関区のD51 木曽福島機関区のC12
 

しばし木曽森林鉄道を撮影したのち、再び木曽福島に戻る。ここで、許可を得て木曽福島機関区の撮影をした。
当時は、徐々に機関区への立ち入りがうるさくなってきたころだが、事務所で住所と名前を書くと、「鉄道ファンのみなさんの要望が強いので、とくに許可をしています」などと書いた紙を手渡されて、あっさりと許可された。
左は扇形庫の横にたたずむD51の後ろ姿。右は、入れ替えに励むC12である。


木曽福島機関区 木曽福島駅のDD51
 

左は木曽福島機関区。機関車に使用するための石炭が積まれている。
右は、客車列車を牽引するDD51。


満開の梅とキハ82系「しなの」 長野駅の半流国電
 

当時の特急「しなの」は、キハ82で運転されていた。木曽福島駅周辺で満開だった梅の花を前景に入れて、ちょっとしゃれてみたのが左の写真である。
右は、行きの長野駅で撮影した旧型国電。篠ノ井線か信越線で使われていたのだろう。スカ色(横須賀線色)の3扉半流の美しい車両である。

2012年7月作成



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