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蔵出し鉄道写真館
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筑豊本線~伊田線 (1973年7月)

筑豊本線鯰田駅 筑豊本線鯰田駅
 

中間駅付近でたらふく撮影した後に向かったのは直方機関区であるが、その前に、ページのトップに飾りたいこの2枚の写真。左は、鯰田駅を通過するキハ82系の上り京都行き特急「かもめ」。佐世保発の編成は筑豊本線経由で、長崎発鹿児島本線経由の編成と小倉で併結するのだった。下りホームには、貨物列車を牽引するDE10がちらりと見えている。
右は、その下りホームから見たD60(46号機)の単機。


直方機関区のD60 直方機関区のD60
 

さて、順番が逆になったが、直方機関区を訪問して撮ったのがこのD60。高校生の分際でも、その場で許可をもらって機関区に入り、自由に写真撮影ができた時代である。

D50を見ることができなかった私にとって、D50を改造してできたD60は、古典的な香りが漂う魅力的な機関車だった。化粧煙突もいい感じ。右の写真にあるように、キャブ下の従輪を2軸にしたところが、D50からの改造点である。


直方機関区のD60 筑豊本線飯塚駅のD60
 

直方機関区は跨線橋からもよく見えたので、たまたま走ってきたD60 46をここでもパチリ。
そして、右は飯塚駅で撮ったD60。やはり、よく見ると46号機である。上山田線のほうに入っていったようだった。結局、あちこちでD60を撮ったのだが、すべて46号機だった。当時の駅名票も懐かしい。


筑豊本線飯塚駅 伊田線伊田駅
 

急行「桜島・高千穂」でやってきた総勢5人は、翌々日に門司港駅から日豊本線の夜行列車に乗ることを約束して、気の向くまま離合集散した。
この日の私は、飯塚駅前でもう一人の友人と宿泊。もちろん飛び込みである。当時のメモには1泊2000円と記されている。
左の写真はボタ山をバックにして飯塚駅を発車するD51牽引の客車列車。当時、このボタ山は石炭殻そのままに真っ黒だったが、21世紀になってから訪ねてみると、青々とした木に覆われていて驚いた。

翌日は、もう一人の友人とも別れて、伊田線の機関車を撮ることにした。
右の写真は、伊田駅の日田彦山線のホームだが、当時でさえも時代を感じさせる雰囲気だったので、思わず窓から顔を出して撮った。ディーゼルカーは、バス窓のキハ17。

伊田線金田駅付近 伊田線金田駅付近
 

そして、金田駅の近くの鉄橋で撮ったのがこの一連の写真。石灰石輸送のために、ひっきりなしに蒸気機関車が行き来していた。
左は逆向きでやってきた9600牽引の貨物列車。右は、ダイヤに記されていない貨物列車が金田駅を発車してやってきたと思ったら、なんと橋の途中で停車してバックをはじめた……。どうやら、入れ換え作業だったらしい。

伊田線金田駅付近 伊田線金田駅
 

そして、その入れ換え作業でバックする途中で、対向する貨物列車がやってきて、橋の上ですれ違った!
まさに決定的瞬間のように見えるが、右の機関車がバックしていることは、煙の向きでわかってしまうだろう。
そして、右の写真は金田駅のホームから撮影した9600(29695号機)牽引の貨物列車である。

この日は、筑豊での撮影を昼過ぎに切り上げて、博多に向かった。西鉄福岡市内線を撮影しようと思ったからだ。われながら、蒸気機関車にこだわらずに、よく決断したと思う。
この日は40度近い猛暑日。東京では味わったことのない痛いほどの日射しだったことを覚えている。

2017年11月作成



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