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東京 -昭和の記憶-
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タイトル 
 

 湯島天神の付近には、かろうじて戦災をまぬかれた地域がある。天神下交差点の南西側にある本郷区湯島天神町(現・文京区湯島3丁目)の一部と、南東側にある下谷区西黒門町(現・台東区上野1丁目)の一部である。
  このあたりには、1980年代まで、木造の立派な民家や銅板葺きの看板建築の商店が建ち並び、目と鼻の先にある上野広小路とはまったく雰囲気を異にしていた。
  そんなこともあって、この界隈は、湯島天神に向かう階段の昇り降りを含めて、私の好きな散歩コースの1つであった。いまでも、わずかに古い家々が残っているが、その数はかなり少なくなってしまった。

*画面にマウスポインタを置くと、同じ場所の2004年の写真が見られます。


駄菓子屋

天神下の駄菓子屋「三好菓子店」。日除けの上にある木の看板には、「指物師」と彫られている。実際に、以前は指物師の家だったそうだ。この建物の全景は、このページ最下段右の写真。

*この写真には、2004年との対比がありません(ただの空き地だったので……)。

1983.11




▼湯島天神女坂に向かう道。"おやど"玉杵はラブホテルになっていた。
 1977.3(2004.6)

女坂に向かう道
路地

▲女坂の手前にある路地。2004年に行ってみると、路地は途中でふさがれていた。
 1983.11(2004.6)

豆腐屋の店先にて。2004年には、豆腐屋はなくなり、インド料理店とコーヒー豆挽き売り店ができていた。

1983.11(2004.6)

豆腐屋の店先

女坂入口

上の写真の向かい側。女坂へ通じる道の入口。

1983.11(2004.6)




▼1970年代、天神下界隈には、見事な木造家屋が並んでいた。突き当たりの家が右の写真。
 1977.3(2004.6)

木造家屋
木造3階建て

▲トップの写真の家の全景。『下町残照』(朝日新聞社)によれば、ここは震災前からの建物で、2階建てだったものを昭和6年に3階建てにしたそうだ。2004年現在は、空き地となっていた。
 1983.11(2004.6)

 


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