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 あとでつらつら考えてみたのだが、ジェノバ駅に着いた時点で、おかしな雰囲気に気がつくべきであった。
 時間つぶしにとジェノバで途中下車したのは、1985年の秋のこと。三浦カズとかいう日本人が、ここのサッカーチームに入るなどとは予想だにしなかったころの話である。
 手荷物預かり所でリュックを預けようとすると、なにやら50代くらいの係員と警官が押し問答をしている最中だった。どうやら、警官が荷物の中身をチェックしろと言っているらしい。
 このときの係員の態度は印象的であった。警官に対して一歩もひかず……というより、視線を合わせようともせず、作業の手を動かしながら、何やらぶつくさ文句をたれているのである。
 やがて係員は、私の前で順番を待っていたのは品のいい老婦人に向かって、真顔で尋ねた。
「奥さん、このかばんには爆弾が入っていますか? ……いませんね。 じゃあ、結構です」
 このやりとりを見て、警官は「しょうがない」といった顔をして出ていってしまった。
ジェノバ駅の朝 この数時間後に、我が身にふりかかる災難があろうとも知らず、夜行明けのぼんやりした頭のままで、ジェノバ駅に降り立った駄菓子青年であった。

撮影 : 1985/11 Genova

 次は私の番である。私が、爆弾のないことを見せようと、かばんのチャックに手をやると、係員は「そんなことをしなくていいんだ」とばかりに右手を左右に振って、左手で押しとどめた。そして、黙って私のかばんを奥に運びいれ、預かり証をくれたのである。
----おお、やはり血の代償で得たヨーロッパの民主主義は、人びとの心に深く根を張っている。
 などと、私はいたく感動しつつ、駅をあとにした。

 本当ならば、ここで感動などしていないで、なぜ警官が荷物預かり所に来ていたのかを考えるべきであった。そうすれば、我が身にふりかかる苦難を逃れる可能性も少しはあったかもしれなかった。だが、もともと楽天家の私は、イタリアに来てますますものごとを深く考えないことに慣れてしまっていたのである。

 身軽になった私は、写真を撮りながらジェノバの町をフラフラ歩きまわった。
「ずいぶん期待して行ってみたら、きったねえ町でがっかりしたよ」
 以前聞いた友人のこの話は本当だった。港の近くはなにやら薄暗くて、ナポリの裏町を思わせる怪しげな雰囲気でもあった。
これは駅前のようす。港の近くの怪しげな雰囲気とはちがい、味わい深い風景である。

撮影 : 1985/11 Genova
ジェノバ駅前の風景

 それでも、ちょっと高台のほうに行くと、なかなかシブい町並みがある。気に入ったのは、古いビルが立ち並んで、その脇にトンネルがあるという風景だ。
 さっそく、私は当時使っていたミノルタXDをかばんから出して、パチリと1枚撮った。
 ……と、そのときである。
 右手のほうから1台の車が、猛スピードでバックしてきた。
 無茶な運転だなぁ、と思っていると、その車は私の前でピタリと止まり、中から警官が3、4人、どやどやと出てくるではないか。私は、あっというまに取り囲まれてしまった。
「何を撮ったんだ」
「え、え? ほ、ほら、古いビルにトンネルがあっていい風景だから……」
 すると、20代後半とおぼしき警官が、わざとらしい身振りを交えて言った。
「ジェノバの町ではねっ、どこの写真を撮ってもいいんだよ。どこ~~でもね。でも、ココだけッはダメなのッ!」
 最後の部分は、異様に力が入っていた。
「へ? なんで??」
 すると彼は、道の反対側、2、30メートルほど先にある古臭いビルを指さしたのである。

(つづく)


 



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