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駄菓子のイタリア無駄話目次
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「きのう、あそこのビルにあるジムで爆弾事件があったんだ」
 そんなの知るわけない。なにしろ、前の日はフランスにいたのである。
 そもそも、ジムがZIMのことであり、それがイスラエルの事務所だとわかったのは、それから何週間も後、日本に帰ってきて辞書を引いたときのことである。それまでは、体育館かボクシングジムでもあるのかと思っていた。
「きのう、あんたはどこにいた?」
「フランスだよ、フランス。だから、そんなの知るわけがないんだよ~」
 けんめいに反論したのだが、間髪を入れずにボディーチェックをされていた。
 そもそも、そのときの旅行では、社会主義時代のモスクワやチャウシェスクがいたルーマニアでもパチパチ写真を撮っていたのだが、何も言われなかった。それが、よりによってイタリアで撮影をとがめられるとは……。
 36枚撮りのフィルムは、ほとんど終わりかけている。ここでカメラのふたをパカッと開けられてはたまらないので、スキをみて巻き戻しておいた。

 数分もすると、それほど怪しい人間じゃないらしいと相手もわかったらしく、警官の態度もずいぶんと柔らかになってはきていた。
「あ~、いちおう本署に連絡するね。もし、何にも問題がなければ、キミはこのまま行っていい。でも、本署に来いという返事が来たら、いっしょに行こうね」
「うぇー」
 私は不満を示す音声を、のどのおくから絞り出した。

どうということのないこの写真1枚のおかげで、私はヒマなジェノバ警察に拘束されたのであった。
左のビルが、問題のZIM。
撮影 : 1985/11 Genova
ジェノバの街


 でも、本当のところを言うと、内心はちょっとちがっていたのである。
----パトカーに乗ってイタリアの警察署に行くなんて、なかなかできない経験だぞ。どうせヒマなんだし、後ろめたいこともないし、行ってみたい気もするなぁ。カラビニエーリ(公安警察)だったらちょっと怖いけど、ポリツィーア(ふつうの警察)だから拷問されることもないだろうし……。
 そんなことを考えていたら、警官のトランシーバーに無線がはいった。

 無線機に耳を傾けていた警官が言った。
「本署に来てくれってさ」
 私は遠足に行く前のうきうきした気分と、みじめったらしい気分とがまじりあった複雑な気持ちでパトカーに乗った。
 このパトカーというのが、アルファロメオの当時の新型車「ジュリエッタ」である。免許など持ち合わせていない私でも、一度は乗りたかった車なのだが、まさかそれがパトカーになるとは思ってもみなかった。
 車の性能がいいのか、単に運転が乱暴なんだかわからないが、体がシートにめりこむほどの加速をつけてジュリエッタは走りだした。

 赤信号も交差点もなんのその、サイレンを鳴らしながら猛スピードでジェノバの街を通り抜ける。へたなジェットコースターよりもよっぽど怖い。しかも、警官に両側をはさまれてパトカーの後部座席に座らせられているのは気分がよろしくない。さすがの私も、だんだんと腹立たしい気分になってきた。
----いったい、どうなってんだ。事情も知らないあわれな旅行者をいじめるなよな!
 口をとがらせてむっつりしていると、例の若い警官が猫なで声で話しかけてきた。
「おまえは、イタリア語をどこで習ったんだ?」
 にくたらしいから、そっぽを向いて答えた。
「ノン ロ ソ(知らない)」
 すると、こんどはこう言ってくる。
「日本のどこに住んでいるんだい?」
「ノン ロ ソ」
 私の反抗的な態度(よい子はまねをしないように)にもめげず、相手はさらに質問を重ねてくる。
「日本には大きな島が4つあるけど、ホンシュウとキュウシュウと……あとは何ていうんだ?」
 ここまで言われたらしょうがないので、ほほをゆるめて話相手になってやることにした。
 で、たわいない会話をしているうちに、警察署らしき場所に着いた。

街角のポスター 街角のポスター。右側のポスターの人物は、イタリアの歌手フランチェスコ・ディ・グレゴーリ。
撮影 : 1985/11 Genova


 パトカーを降りると、建物の中から偉そうな人が出てきて、「ようこそ」とか何とか言いながら握手を求めてくるではないか。署長か副署長クラスの人じゃないかと思う。よっぽどヒマなのか、10人近い署員が、ワイワイガヤガヤ言いながら温かく私を出迎えてくれた。

 署内ではパスポートの番号と名前を控えられただけで、あとは例によってどこでイタリア語を習ったんだとか、イタリアはどこがよかったかなどという世間話に終始した。
「そんじゃ、また何かあるといけないから、早くジェノバから出ていきなさいね」
 言われなくたって、いますぐ出ていってやらぁ……と心の中で悪態をつきながら、にっこり笑って「シ(はい)」と答えた。
「中央駅まで送っていってあげようか?」
「いや、〇〇駅に荷物を預けてあるから……」
 えっ、という感じでその署長らしき人物の顔が一瞬くもったが、すぐに元にもどった。ほかに荷物があるんなら調べなくちゃならないけど、めんどうくさいや----と顔に書いてあった。

 晴れて私は無罪放免となり、ジェノバ警察署をあとにした……と思ったら署長らしき人物が、建物の外まで追いかけてくるではないか。
----なんだ、まだケチをつける気か。
 そう思ってキッと振り返ると、彼の手には私のパスポートがあった。
「忘れ物だ」
 ああ、情けなや。
 恥ずかしさに悶えながらパスポートを受け取った駄菓子青年であったが、まさかその数日後に、ふたたびイタリアの警察のお世話になるとは、このときには知る由もなかったのである。



 


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