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駄菓子のイタリア無駄話目次
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 イタリアでコーヒーといえば、言うまでもなくエスプレッソである。
 いまでこそ日本でもあちこちでエスプレッソが飲めるようになったが、1980年代のはじめまでは東京でも新宿・伊勢丹の1階にある喫茶店くらいにしかなかった。しかも、高かった。
 一介の貧乏学生だった私は、そんなものに縁がなかったから、イタリアに行くまでエスプレッソコーヒーというものを見たことがなかったのである。
 はじめて飲んだ本場のエスプレッソは苦かった……いや、その前に量が少なかった。底のほうにこげ茶色のどろどろしたものが張りついているだけに見えたのだ。
 そんなわけで、はじめのうちは、なかなかエスプレッソになじめず、いつもカプチーノや紅茶を注文してお茶を濁していたのである。

 同じような思いは、S氏もしていたらしい。
「もう少し薄ければエスプレッソを飲んでもいいんやがなあ」と、偉そうに言っていたものである。
 もっとも、S氏の場合は、エスプレッソの味がどうこういう以前に、量が少なくて不満だったのだろう。
 それでも、どこから聞いてきたのか、こんなことを教えてくれた。
「ダガシくん、『ルンゴ』って知ってる? こう頼むと、ちょっと薄めてくれるらしいんだわ」
「へえ……あ、そうか。英語の『ロング』ですよね。『伸ばす』っていう感じかぁ」
 これは、エスプレッソ初心者向けである。日本で飲むエスプレッソに近いものが出てくる。こうして、しばらくは「カフェ・ルンゴ」が仲間うちではやったのだが、これも1週間ほどであきてしまった。
路地から見えるドゥオーモ


路地から見えるドゥオーモは、美しく、感動的である。やはりフィレンツェのシンボルというにふさわしい。
撮影 : 1981/11 Firenze

----「ルンゴ」っていうのも中途半端だよなあ。ルンゴにするくらいだったら、エスプレッソのままのほうがいいや……。それにしても、たまには日本風のコーヒーも飲んでみたいなあ。
 エスプレッソにも慣れてきたものの、そんな気分になってきたときである。のちに私たちの学校に通うことになる5歳年上のT島氏が耳寄りな情報を持ってきてくれた。
「なんか、市内に一軒だけアメリカン・コーヒーを出す店があるようですよ。こんど知り合いに場所を聞いてきますから、みんなで行きましょう」
 このフィレンツェで「ふつうのコーヒー」が飲める----この知らせに、私とS氏の気分は一気に盛り上がったのである。
 2、3日後、T島氏は、わざわざ町はずれにある私たちの学校までやってきて、授業が終わるのを待ち構えていた。そして、彼はまるで重大発表があるかのように、もったいぶって言った。
「聞いてきましたよ、聞いてきましたよ。でも、ふつうのバールじゃなくて、座って飲む喫茶店らしくてね。それも、夜遅くならないと開かないらしいんですよ」
 夜遅くならないと開かないというのが妙だったが、「ふつうのコーヒー」がきょうにでも飲めるという期待に、私たちの胸が高まった。さっそく、その日の夜9時に、わが安下宿に集合して、3人で出かけることになった。
 目指す店は、何と安下宿の並び、約20メートルほどのところにあった。看板が出ているわけでもなく、とても喫茶店とは思えない。窓が一つもないのも不気味であった。
「ここですよ」
 T島氏はそういって、重たそうな鉄の扉を押し開けた。

街中の風景 本文とはまったく関係ないが、北イタリア・パドヴァの街のふんいき。
撮影 : 1985/10 Padova

 中は、まっくらな空間であった。なぜか、入口に受付のようなものがあって、イタリア女性が私たちを奥に案内してくれた。暗い空間を、赤や青の弱い光が照らして、おどろおどろしい雰囲気である。そそっかしいT島氏が間違えて、売春宿にでも入ってしまったんではないかと私は一瞬不安になった。
 案内されたテーブルは、トタンだかブリキのような金属むきだしのものであった。

「トレ(3つ)・カフェ・アメリカーノ」
 T島氏が注文すると、女性はうなずいて去っていった。やっぱり喫茶店だったようなので、私はほっとして、ようやくまわりを見まわす余裕がでてきた。
 この雰囲気は、先端のクラブ風を気取ったものなのだろう。だが、どう見てもアヘン窟か同伴喫茶にしか思えない。何か悪いことをしにきた気分である。
 もっとも、イタリアで「ふつうのコーヒー」を飲むのは、たしかに悪いことかもしれない……などと思いをめぐらしつつ、無言のままコーヒーを待つ駄菓子青年であった。
 5分ほどして、さきほどの女性が戻ってきた。待ちに待った「ふつうのコーヒー」だ。カップは、どう見てもティーカップのような大きさで、そこになみなみと黒っぽい液体がそそがれていた。
----まあ、ティーカップだろうが、スープカップだろうが、そんなことはどうでもいい。イタリアで「ふつうのコーヒー」を飲むんだから……。
 さあ、いよいよ「ふつうのコーヒー」である。女性がいなくなると、それぞれおもむろにカップを手にした。私も、砂糖を少し入れて、待ちこがれたコーヒーを口にしたのである。
 その瞬間である。これまで味わったことのない味覚が口の中を走った。
----うっ……、ま、マズい……!
 すぐにわかった。それは、エスプレッソを大量のお湯で薄めただけの代物だったのだ。
 3人は、思わず顔を見合わせた。
「なんだ、これ」
「マズいですねえ」
「こりゃ、あかんわ」
 それにしても、こんなマズいコーヒーは飲んだことがなかった。食い物の好き嫌いから女性の趣味まで、ことごとく意見が対立する3人であったが、このときばかりはすぐさま意見の一致をみた。
 あとは、何を話したのか記憶にない。盛り上がった心をどこに持って行ったらよいものかわからず、私たちはその後1時間ほど語り合いながら、宵のひとときを過ごしたのである。
 コーヒーはマズかったが、もったいないから全部飲んだ。
 それ以後、「ふつうのコーヒーが飲みたい」ということばが禁句になったのは言うまでもない。




 


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