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駄菓子のイタリア無駄話目次
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 苦労して手に入れた食券をにぎりしめ、私は学生食堂に入っていった。
 と、私の目の前に広がったのは、「食の国イタリア」「食事を楽しむ人、それはイタリア人」というイメージとは、まるでかけはなれた光景であった。
 広い食堂には、何百人という学生が食事をしていた。黒っぽい木のテーブルには、両側に三人ずつ腰掛けるようにできていた。そんなテーブルが、広い食堂のはしからはしまで並べられており、それが全部で三列か四列あった。そして、学生は背もたれのない長椅子にすわって、ひたすら食物をむさぼり食っているのである。
----なんか、どこかで見たことのあるような光景だなあ。
 そう思ってよく考えてみると、テレビや映画で見た刑務所の食堂ではないか。ちがうところといえば、人が自由に立ったり座ったりしているところくらいだ。

夜の雑踏 フィレンツェ中心部の夜の雑踏。
撮影 : 1981/11 Firenze

 そんな光景を横目に見ながら、お盆を手に取り、セルフ・サービスの列についた私である。一品めは、スパゲティのようだ。
----苦労したけど、ここまで来ればもうだいじょうぶだ。
 ようやく肩の力を抜くことができ、体じゅうに食事への期待が充満しつつある、そのときであった。再び、駄菓子青年を極度の緊張に陥れる光景が、目の前に出現したのである。
 なんと、お盆を手に持った学生が、配膳をするおぱちゃんに向かって、何かひとこと言っているではないか。すると、それに応えて、おばちゃんがスパゲティにミートソースをかけて、その皿を学生に手渡している。
----こりゃあ、まいったなあ。一難去ってまた一難だ。こんどは何て言えばいいんだぁ。
 いまになって思えば、そんなことはどうでもよさそうなもんだが、なにせそのときはイタリアに着いてまもないときであった。まがりなりにも大学の食堂に入ったのだから、イタリア語がわからなくて立ち往生するのだけは避けたいと思ったのである。
 うろたえているうちに、前の人の順番になった。ここで、私は意を決して、前の人に密着し、問題のひと言を盗み聞きすることにした。
 ざわざわした食堂の雰囲気のなかで、私は全身を耳にして、そのひと声に集中した。
「スー……」
 最初が「スー」であることは間違いなかった。問題はそのあとなのだが、何も言っていないような気もしたし、何か言っているような気もした。
 そして、私の番である。おばちゃんは、左手にスパゲティの乗った皿を持ち、私の顔をじっと見つめる。


こちらの雑踏は、イタリア北東部パドバ市の中心、ラジョーネ宮殿前広場の市場にて。
撮影 : 1985/10 Padova

パドバの雑踏

----ええい、とにかく何か言うしかない!
 私は、やや上目づかいにおばちゃんの顔を見ながら、「ス~~……」と、語尾を濁して発音した。
 と同時に、心のなかで祈った。
----南無八幡大菩薩、願わくば、これでなんとか通じてちょうだい……。
 すると、私の願いが天に通じたのか、おばちゃんはまるで機械仕掛けの人形のように、スパゲティにミートソースをかけて私に差し出してくれたのだ。

 こんなうれしいことはなかった。また、ことばというものの不思議さを感じさせてくれた体験でもあった。スパゲティにかけるソースのことを「Sugo(スーゴ)」と知ったのは、それから何日もたってからのことである。
 あとはつつがなく進んだ。だまったまま肉の皿をもらい、やけに固いパンを取り、ヨーグルトやら食器やらを手にして、ようやくのことで昼飯にありつけたのである。
 味はというと、少なくともウマいとは言えなかったが、値段の安さにつられて、それからも週に2、3回は通うことになるのである。
 やがて、この学生食堂で、のちに親しい友人となるイタリア人学生と出会うことになるとは、差し歯に気をつけながら固いパンをむさぼり食っている駄菓子青年には思いもよらなかったのである。




 


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