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蔵出し鉄道写真館
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青梅線 (1972年11月)


軍畑駅付近 軍畑駅付近
 

36.南武線、下河原線(1972年9月)」では、地学の野外実習の行き帰りに南武線と下河原線を撮りにいったと書いた。
それから2カ月後の今回は、クラス別合宿の行き帰りに立ち寄った青梅線である。クラス合宿というのは、高校に入ってまだ日が浅いので、親睦を兼ねた1泊旅行である。合宿先はクラスによって違っていたけれど、みな西多摩郡のどこか。わがクラスは五日市線の秋川であった。
秋川のお寺に夕方集合ということで、行き帰りは例によって自由行動。これ幸いと朝早く家を出て、「奥多摩工業曳鉄線」を目指すのだが、その前に、中学時代のハイキング以来、再訪を期していた軍畑で途中下車。撮影したのが上の写真である。


軍畑駅付近 奥多摩駅
 

この左の写真は、軍畑の橋のすぐそばから下のほうを撮ったもの。先日、久しぶりに訪ねてみて、あまりの変貌ぶりに驚いたので、鉄道とは直接関係ないけれど、貼っておこう。中央に見える家は茅葺きである。

右は、奥多摩駅構内で発車を待つED16牽引のセメント列車。鍾乳洞で有名な日原(にっぱら)近くにある採石場から、前述の「奥多摩工業曳鉄線」を使ってここまで石灰石を運んできたのである。


青梅駅 青梅駅
 

この2枚は青梅駅のホームから撮ったもの。3扉の旧型国電である。左は半流線型のクモハ40。右は切り妻。
同じ旧型国電でも戦前に製造された車両(国電というより省線電車)は、見た目もしっかりして、戦後型よりもデザインにまとまりがあって美しいと思う。

さて、合宿のあとは、やはり現地解散。帰りは鉄道の撮影ではなく、武蔵五日市からバスに乗って、東京の秘境と言われた数馬(かずま)を目指すことにした。
担任に「二村はどこに寄っていくんだ?」と聞かれたので数馬だと答えると、山歩きが好きな担任は、にやりとして「ほほう」と声を出した。
もとより一人で行くつもりで、同行者がいるとは思えなかったのだが、なんと一緒に行きたいという男が2人も現れた。
このころになると、校内にも私の放浪癖もずいぶん広く知られるようになっていたのである。
結局、バスの連絡がうまくいかず、数馬までは行きつけなかったのだが、川乗、笛吹(うずしき)などといった東京都は思えない静かな村々をめぐることができて、貴重な体験となった。


2014年5月作成



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