東京都区内での位置

◆◆ 著 書 ◆◆
定点写真でめぐる東京と日本の町並み
定点写真でめぐる
東京と日本の町並み

(青春出版社)
1,550円+税
2019年

ようこそシベリア鉄道へ'
ようこそシベリア鉄道へ
(天夢人)
2,100円+税
2022年3月発売


住吉~千田(同潤会住利共同住宅)タイトル


■同潤会 住利共同住宅 1986/10( )内に日付のある写真のみ2022年との比較があります

同潤会住利共同住宅の毛利側

同潤会の共同住宅は、関東大震災後の東京各地で建設された不燃化集合住宅。住利共同住宅は、道路をはさんで江東区の毛利(北側)と住吉(南側)に建てられた。まずは毛利側の北の端から突入してみた。右は6、8号館。

1986/11(2022/02)



同潤会住利共同住宅の毛利側

先に建設されたのがこの毛利側で、中央の小さな児童遊園を囲んで、北側に7~9号館、中央の東西に4、5号館、南側に1~3号館が建てられた。この写真は、中央の児童遊園から南西を向いて3号館(中央)と4号館(右端)を撮ったもの。

1986/11



同潤会住利共同住宅の毛利側

中央の児童遊園から北側に向いて撮影。左側が6、8号館、右側が7、9号館。その向こうに、「樋熊食料品店」の看板が見える。

1986/11(2022/02)



同潤会住利共同住宅の毛利側

住利共同住宅の前身である「同潤会 猿江裏町合同住宅」は、当時の地名に由来する。その後、住宅営団に管理が移され、戦後は居住者や民間企業に払い下げられた。この写真は、児童遊園の北側にある1号館(奥)の下を通り抜ける通路を撮ったもの。手前左が2号館、手前右が3号館。

1986/11



同潤会住利共同住宅の毛利側

児童遊園のブランコが見える。北西を向いて撮ったもので、左が4号館、右が8号館。
住利合同住宅は1992年に取り壊され、その跡地に1994年、「ツインタワーすみとし(住吉館・毛利館)」が建てられた。

1986/11



同潤会住利共同住宅の住吉側

1号館下の通路を抜けて道路を渡り、住吉側に入る。住吉側の中央には、毛利側よりもかなり広い広場があり、住利公園と名付けられていた。その公園を囲むように、北側に11~13号館、東側に10号館、南側に14、15号館が建っていた。これは、住利公園から南側の14号館を見たところ。

1986/11(2022/02)








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