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駄菓子のイタリア無駄話目次
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 私がフィレンツェの語学学校を選んだのは、さしたる理由があったわけではない。
 ときどき顔を出していた某大学のイタリア語学科の研究室に行ったときに、たまたまそこのパンフレットがあったというだけの縁である。
「イタリアの語学学校行きたいんですけど、どこかいいところありませんか?」
「おう、ちょうど、こんなのが来てたよ。フィレンツェなんだけどね」
 と、いまや教授様になってしまったN助手は、薄っぺらなパンフレットを手渡してくれた。
「ふ~ん、じゃ、ここにしよう」
 まあ、本当にこんなもんで決めたのである。
 もらったパンフレットを見ると、表紙に写っているのは何やら古めかしい建物ではないか。しかも、屋上から塔までたっている。さすがにフィレンツェの語学学校、実に趣深いものだと感激した覚えがある。
 さて、実際にフィレンツェに着き、パンフレット片手にその住所にいってみると、そこは旧市街の外側であった。ヴィットリーオ・エマヌエーレ2世通りという、イタリア統一を成し遂げた王様の名前がついているわりには、のどかで生活感あふれる街なみである。
 学校は、その通りからさらに坂をのぼったところにあった。眺めがよいのが取り柄ではあるが、パンフレットとは似ても似つかない建物である。
 おかしいなと思いつつも、すでに日本から金を払い込んでいることでもあるし、深く考えずに学校に通い始めた。

ベッキオ宮殿 これがパンフレットに掲載されていた塔……実はヴェッキオ宮殿

撮影 : 1990/08 Firenze

 さて、日課となったフィレンツェの町の散歩をしていてびっくりした。町のどまんなかに、あの写真そっくりの建物があるではないか!
 それは、ヴェッキオ宮殿という建物だった。観光客もずいぶんいるところを見ると、そうとう有名な建物らしい。
----うむう、どうやら私はひどく恥ずかしい間違いをしていたのかもしれないぞ。……まあ、人に言わなくてよかった。
 「恥」ということばに縁遠い駄菓子青年ではあったが、この間違いだけは人に話さないほうがよいと思ったのである。
 ところで、同じクラスには、日本人がもう2人いた。ある日、この話をどうしてもしたくなって、そのうちのひとりであるS氏に打ち明けた。
「Sさん、ここの学校のパンフレットの表紙に宮殿の写真がありますよね。実はね、ここに来るまで、あれが学校だと早とちりして……ずいぶん立派な学校だなぁと思い込んでいたんですよ」
 すると、S氏はうれしそうな顔をしてこう言った。
「おお! 実はボクもそう思っていたんや。でも、恥ずかしいからこれまで誰にも言えなくてね……」
 こうして二人は、しばしのあいだ、たがいの無知をしばしなぐさめあったのであった。
 このS氏は、私より1歳年上の神戸の人であった。彼が、これ以後、私のフィレンツェ生活に多大な影響を及ぼすことになろうとは、このときは思いも寄らなかった。

シニョーリア広場。右の建物がヴェッキオ宮殿。これを学校だと思い込んでいた私たちは、やはりおめでたかった。

撮影 : 1981/11 Firenze
フィレンツェの中心にあるシニョーリア広場

 ところで、その数年後、東京・池袋のはずれで小さな日本語学校の教師をしていたときのことである。ある中国人の学生にこんなことを言われた。
「先生、中国にいたときにね、この学校のパンフレットをもらったんですよ。そうしたら、表紙に大きなビルが写ってるじゃないですか。さぞかし立派な学校だろうと思っていたんですよ……」
 さっそく、事務室に行ってパンフレットを見た。
 その表紙には、サンシャインシティが写っていたのである。




 


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