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駄菓子のイタリア無駄話目次
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 週末の小旅行には、たまにはバスも使ったが、たいていは鉄道であった。
 週末にかぎらず、午前中の授業が終わって、用もないのに列車に乗って出かけたこともあった。要するに、放浪癖があるのだ。
「ダガシ君、せっかくイタリアに来たんだから、もっといい服でも買ったらどうなんだい」
 安下宿の同部屋に巣くうS氏は、ファッション関係の仕事をしていたこともあって、こう言うのだが、私は金のつづくかぎり旅費と交通費にあてようと思い、ボロをまとってあちこちに出かけていたのである。
 列車に乗ると、ひたすら窓の外を眺める。これは、どこに行っても同じ。いくら見ても飽きないのである。
 ところで、イタリアでは基本的に車内放送がない。1回だけ、フィレンツェ近郊を走る普通列車で聞いたときにはびっくりしたほどである。そんなわけだから、いまどこを走っているのか不安なのだ。
 駅に着いても、どこに駅名が書いてあるのやら。小さな駅になると、駅名票が1か所しかないところもずいぶんあった。
 そんなこともあって、目指す駅が近づくと、時刻表を片手に必死に駅名票を探す癖がついてしまったのである。
 そんな東洋人の学生は、頼もしく映ったのだろうか。近くに座っているおばあさんに、いきなり「次の駅はどこだい」なんて聞かれたことも何度かあった。老婆はあなどれない。

これが、現在のイタリア国鉄(FS)の駅名票。青字に白抜きのゴシック体の文字は飾り気がないけれど、なんとなくおしゃれ。
撮影 : 1996/07 Terontola
列車を待つ人びと

 どこに行ったときだったかは忘れたが、私の乗った普通列車が小さな駅に着こうとしていた。私は、例によって目を皿のようにして駅の名前を探した。
 そしてすぐに、イタリアの駅名票によくあるような、文字が書かれた横長の板が、ホームの天井から下がっているのを見つけたのである。
 そこには、「Gabinetto」と書かれていた。
----ガビネットかぁ、変わった名前の駅だなぁ。
 時刻表を見たのだが、そんな名前の駅はない。一瞬おかしいなと思ったが、もともとものごとを深く考えない駄菓子青年である。「まあいいか」と思っただけで、ぼんやりと青い空を見つめるだけであった。
 また、ある日、また普通列車に乗って出かけたときのこと。小さな駅に列車が停まった。私は、やはり目を皿にして駅名票を探した。すると、そこに書かれていた駅名は、またもや「Gabinetto」だったのである。
----これは、おかしいぞ。
 さすがの私も不思議に思った。
----確か、あのときの駅とはちがうはずだ。なぜ、同じ名前なんだ。あれは夢だったのか、それともこれがデジャブ(既視現象)というやつか。
 私は何がなんだかわからなくなり、混乱してしまった。そして、なんとなく窓から身を乗り出して駅のホームを見まわしたのである。
 と、また別の駅名票らしきものが1枚下がっているではないか。そこに書いてあるのは、「Gabinetto」ではない、いかにも駅の名前らしいものであった。


古い駅名票 1980年代なかばまでは、まだこんなクラシックな客車が走っていたのである。駅名票もシブい。
撮影 : 1985/11 Mantova

 賢明な読者諸君にはもうお分かりのことだろう。
 なんと私が最初に駅名だと思っていた「Gabinetto」とは、トイレ、または便所、あるいはお手洗い、さもなくばかわやのことだったのである。
----なにも、あんなに立派に、しかも凝った書体で「Gabinetto」と書くこともないじゃないか。
 恐るべき事実にようやく気がついた私は、ひとりフン慨したのであった。
 それにしても、こんなときにイタリア人のおばあさんに駅名を聞かれないでよかった。
「あ、この駅ですか……『便所』ですよ!」なんて答えた日には、おかしな東洋人の話として、その家の末代まで語り継がれていったにちがいない。
 ところで、最近はイタリアでも「TOILETTE」(トイレッテと読むらしい)と表記することが多くなったような気がするんですが、どうなんでしょう? 私としては、「ガビネット」というほうが、ガボガボゴボゴボとした語感が、いかにもそれらしく聞こえていいと思うんですが……。まさに、日本語で「ベンジョ」という感じですよね。
 余談ですが、私は西洋語由来の「トイレ」も、漢語の「ベンジョ」もなるべく使わないようにしています。で、どうしているかというと、やまとことばの「かわや」を使うようにしているんです。ぜひ、みなさんも、このゆかしいことばを使ってくださいね。



 


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