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 イタリア語の「ブォン・ジョルノ(Buon Giorno)」ということばは便利である。
 人と会ったときだけでなく、別れるときにも使える。列車のコンパートメントに先客がいるときも「ブォン・ジョ~ルノ」、お先に失礼というときも「ブォン・ジョ~ルノ」だ。
 なじみのバールにはいるときも、はじめてのバールに入るときにも、元気よく「ブォン・ジョ~~ルノ!」。
 これだけで、店の人の対応もかなり変わってくる。コーヒーを飲んで出ていくときも、にっこりして「ブォン・ジョールノ」と言えばいい。もちろん、昼がすぎれば「ブォナ・セーラ(Buona Sera)」にすればいいだけ。
 イタリアに行く人は、ぜひこれを実行していただきたい。
 私も、こんなことができるようになっただけで、なんとなくイタリア社会に溶け込んだような気がしてきたものだ。
 
フェッラーラの日常的な風景  ところで、話は1985年、2度めのイタリア行きでのことである。
 旅行もなかばを過ぎ、フィレンツェのレコード屋で、イタリアのポップスのレコードをしこたま買い込んだ。まだCDが普及していないころのこと。重いLPを10枚以上も持って旅行するわけにはいかず、郵便で日本に発送することに決めた。
 中央郵便局の小包のカウンターは、なぜかほかの窓口から離れた小さな別室にある。そこは郵便局の裏口近くで、その裏口を出ると正面には小さな家が雑然と並んでいる一角がある。
 そして、うまいぐあいにそのなかの一軒に小包の梱包屋などというものがあるのだ。
 語学学校の滞在当時も、この梱包屋にはお世話になった。やっぱり、餅は餅屋、梱包屋は梱包屋である。どんなものでも、きちんと包んでくれるので、これなら金を払ってでも頼みたくなるというものだ。

ヒマそうなバールの主人が、道行く人びとを眺めている。知り合いを見つけると、「ブォンジョルノ」とか「チャオ」と声をかけるんだろう。
撮影 : 1981/11 Ferrara


 で、そのときもその店でレコードを梱包をしてもらい、そのまま郵便局の小包カウンターに向かったのであった。
 窓口のおにいさんは、荷物を見てあれこれ言ってくるのだが、私にとって久しぶりのイタリア語だったうえに、すさまじい早口だったので、なかなか聞き取ることができなかった。なんとか意味がわかっても、こんどはうまく返事ができない。
----ううっ、かなりイタリア語がサビついているなぁ……。こりゃあ、まいったぞ。
 それでも、ああだこうだと、ことばを探し、単語を並べながら必死になって会話を試みようとしていた私であった。
 とそのときである。部屋のすみから、私たちのやりとりを見つめる視線に気がついた。
 私は、首を動かさずに、目玉だけをその方向に向けた。すると、私たちのほうを心配そうに見ている東洋人の若い男性の姿が、視野の隅にはいった。ふんいきからして日本人らしい。しかも、フィレンツェにしっくりと溶け込んでいる感じである。
----おお、日本人だ。ちょっと助けてもらうかな。それに、もしかすると昔の友人の消息なんかを知っているかもしれないぞ……。
 そうも思ったが、私もここフィレンツェでイタリア語を学んだ身である。ここで同胞の助けを借りるのもちょっぴり恥ずかしいなあ----などと見栄を張ってしまい、結局自力で問題を解決しようと努めたのである。
 まあ、それでも幸いになんとか話がついた。そして、小包の料金を払いながら、ほっとして彼のほうに顔を向けたのである。すると、彼はこちらをずっと見ていたらしく、目が合うとにこやかに言った。
「だいじょうぶですか」
 私とほぼ同い年の人のようだ。私もジャパニーズスマイルを浮かべながら、「はい」とうなずいたのである。
 と、ここまでは、ほほえましい旅のエピソードの一つに過ぎないのだが、その直後に驚くべきことが起きたのである。


本文とは関係ないが、冬の北イタリア・モーデナの市内にて。
左上のポスターは、サーカスの出し物だろうか。大砲から人間が飛び出すというやつらしい。


撮影 : 1981/12 Modena
モーデナ市内にて


 彼はこちらのようすを心配して待っていてくれたのだろう、話がついたとわかると、それはよかったという表情をしながら、部屋を出ていこうとした。そして、右手で部屋のドアを開けると、私のほうを振り向き、やや頭を下げ気味にして、左手を少しあげながら、こう言ったのである。
「こんにちは!」
 屈託のない明るい声を残し、その好青年は部屋の外に去っていった。
 あまりのことに私は茫然として、返事もできず、しばしその場に立ちつくすしかなかった。フィレンツェに住む日本人の話でも聞こうかと思っていたのだが、そんな気は吹き飛んでしまっていた。

 それから数秒後、やっと私は我に返り、かの好青年の不思議なひと言の意味を考えてみた。
----ふうむ、もしかすると、あの人はイタリア語の「ブォン・ジョルノ」を、そのまま「こんにちは」と訳していたのではあるまいか……。
 そうだとすると、彼はすでに頭の回路がイタリア語になっていたのだろう。それほどまでにイタリア社会に溶け込んでしまったのだろうか……。逆に言えば、それだけ日本語がサビついてしまったのか。
----不思議な人もいるもんだ……。
 うらやましいような、うらやましくないような、複雑な心境で郵便局をあとにした駄菓子青年であった。



 


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