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時刻表にない鉄道
下北半島の森林鉄道
タイトル いわし干す風景
1977/10
脇野沢(わきのさわ)は、下北半島南西端にある町。私たちは佐井から船でやってきた。
森林鉄道ファンどころか鉄道ファンですらなかった友人はもちろんのこと、いいかげん森林鉄道めぐりに飽きてきた私は、北限のニホンザルを見に行こうと、九艘泊(くそうどまり)まで数キロの道をテクテクと歩いて行ったのであった。
当時は、九艘泊までの路線バスはなく、晴れた空の下、イワシを干す光景を見ながら歩くのは気持ちがよかった。

ここにも森林鉄道が これは、佐井から脇野沢へ向かう船上から見た下北半島西海岸。
地図によると、ここにも川沿いに短い森林鉄道が走っていたはずだが、いまでは家はおろか道もなく、海上から見て想像するほかない。

脇野沢の町はずれに、貯木場の跡があった。
右側の塔には「安全第一」など、いろいろなスローガンが書かれていた。

貯木場跡

軌道跡 貯木場から軌道跡を歩く。だが、これ以上は、跡をたどることができず、日も傾いてきたので、宿に帰ることにした。

ニホンカモシカ

 九艘泊では、残念ながらニホンザルには出会えなかったが、代わりにこのニホンカモシカの親子を見ることができた。

 本当は、このあと川内の軌道跡をたどり、バスで奥まで行くつもりだったのだが、いいかげん飽きてきたので、ここいらで森林鉄道めぐりは終わりにすることにした。

 ところで、脇野沢のユースホステルに泊まったときに、同行の友人がそこのペアレント(ユースホステルの管理人みたいなおじさん)に、「こいつは下北半島まできて森林鉄道の跡なんかを探し歩いているんですよ」などと、言わなくてもいいことを言ってしまったのである。
 すると、かのおじさんは、あきれたような顔をした。
「せっかく下北半島まで来たんだから、そんなものじゃなくて、もっと見るべきものはたくさんあるのに……」
 まだまだ、ロマンたっぷりの趣味が理解されなかった時代であった。どんなことでも、時代の先端をいくのは大変なのだと知った体験である。


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川代大畑奥薬研大間材木佐井

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